(写真:大窪道治)
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「ミトノート」は、茨城県の県都である水戸市の魅力を伝える冊子です。

水戸市民が誇りに思う「場所」や「もの」「こと」を1号につき、ひとつ、特集のテーマとして取り上げ、そこにかかわる市民の暮らしぶりや考え方を通じて、水戸の良さをより深く伝えていきます。

第4号となる今号では、「みんなの水戸芸術館」をテーマにお届けします。

 

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水戸市の市制施行百周年を記念し、水戸市民の芸術文化活動の中心的施設として平成2年に開館した水戸芸術館。コンサートホール、劇場、現代美術ギャラリーの専用空間を持ち、音楽、演劇、美術の3部門が独立した活動を行うという、特徴ある施設構成及び組織形態を持つ複合文化施設です。◎その水戸芸術館が、平成27年で開館25周年を迎えました。◎開館以来、音楽、演劇、美術の各部門が自主企画による事業を展開し、国内外で活躍するアーティストの多彩な催し物を行ってきたほか、地域の文化活動拠点としての役割も積極的に担い続けてきた25年間。◎本誌では、その活動の中でもとくに音楽、演劇、美術の3部門がそれぞれに展開する、子どもたちに向けての「教育プログラム」に焦点を当て、それに関わる人たちを通して、水戸芸術館の魅力を探ります。

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音楽【コンサートホールATM】

「水戸室内管弦楽団」などの専属楽団の演奏会をはじめ、学芸員が独自の視点で構成するオリジナル企画や国内外の優れた演奏家を招いての企画などを行う。

演劇【ACM劇場】

「演劇部門」が企画・招へいする実力のある演出家や著名な俳優による古今東西の名作、ミュージカルから伝統芸能まで、多彩な演目を上演。また、他館とも連携したプロデュース公演も行う。

美術【現代美術ギャラリー】

常設展示は行わず、「現代美術センター」企画による世界的アーティストの個展、日本を代表する作家の個展、時代と呼応したテーマのグループ展などを年に3~4回開催する。




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私の音楽家としての経験から言えば、音楽の場合は市民の方にその活動が受け入れられるということが一番大事なことだと思います。水戸芸術館のホールは約700席しかありませんから、直にホールの中に来てくださる方は限られています。ですので、小学生や中学生に対して、水戸芸術館から出向いて、学校のホールやほかの大きな施設などで演奏を聴いてもらい、あるいは水戸の学校はブラスバンドが優秀ということで、そうした学生とのつながりができると、そのご家族は、子どもたちのことを見ていて、必ず興味を示してくれるだろうと思います。音楽・演劇・美術の3つが効率よく機能して、館の活動が街の人たちにもしみわたるようになり、身近に親しんで頂ければ、私としては嬉しいし、本望です。

水戸芸術館館長 小澤 征爾

photo by Shintaro Shiratori

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水戸芸術館の音楽部門では、一流の演奏家たちをメンバーに揃える専属の楽団「水戸室内管弦楽団」と地域の子どもたちとの交流をはじめとして、質の高い音楽を地域のさまざまな世代に届けるための、多彩な教育プログラムを行っている。その内容と活動の意義について、主任学芸員の関根哲也さんに聞いた。

2015年11月19日。水戸市内や近隣地域の小学校に通う5年生と盲学校などの児童を合わせた約2600人を招いて、水戸芸術館の専属楽団である水戸室内管弦楽団による「子どものための音楽会」が開かれた。今回で12回目を数えるこの音楽会は、地域の子どもたちにクラシック音楽の生演奏の感動を届けることを目的に、水戸芸術館の音楽部門が2004年から毎年行っている教育プログラム。これまで会場となっていた茨城県武道館が改修中のため、今回は青柳公園市民体育館で開催された。

音楽会の当日、開演の1時間ほど前から大勢の子どもたちを乗せた大型バスが続々と会場に到着する。学校ごとに長い列をつくり、遠足気分で入ってくる子どもたちの声で会場は賑やかだ。

一方、水戸室内管弦楽団(以下MCO)のメンバーも、ほぼ同じころにマイクロバス2台に分乗して会場に到着する。この日の出演者の〝ドレスコード〟は、背中に「MITO CHAMBER ORCHESTRA」の文字が入った揃いのトレーナー。楽団の控室は、ステージの両脇と裏側に設けられたわずかなスペースのみで、体育館とあって室温もかなり低いが、すでに何度もこのプログラムを体験しているメンバーたちは、とまどうことなく楽器の準備に集中していく。

やがて開演の時間になり、指揮を務める広上淳一氏が、メンバーと同じトレーナー姿でステージに上がる。広上氏がタクトを振りあげると、子どもたちは吸い寄せられるようにステージ上に注目し、静寂の中、演奏が始まった。この日のプログラムは、翌日からの定期公演用に用意されたハイドンやモーツァルトの交響曲のハイライト。体育館のため音響が整備されているとは言い難いが、それでも、それぞれの楽器の生の音が空気を繊細に振わせながら、美しく重なり合っていく様子がはっきりと伝わる。

曲と曲の間には、各楽器の奏者がマイクを持って前に立ち、楽器の特徴をわかりやすく紹介していくコーナーも。それぞれの楽器の特徴を生かした曲も特別に用意され──たとえば、ホルンの奏者は2人で「アルプスの少女ハイジ」のテーマ曲を披露するなど、子どもたちを楽しませる演出も盛り込まれている。

最後は、楽団の演奏に合わせて、全員で「七つの子」を合唱し、音楽会は幕を閉じた。

演奏会後に子どもたちに感想を聞くと、「いろいろな楽器が一つの曲を奏でる、その音色がとてもきれいだった」「指揮者の動きがすごかった」「楽器の紹介で楽器の名前や音の出し方がわかった」など、即座に元気な言葉が返ってきた。生の演奏の感動が子どもたちの心に確かに届いていることがわかる。

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水戸室内管弦楽団のメンバーは
どんな場面でも全力を尽くす

水戸芸術館音楽部門の主任学芸員を務める関根さんはこう話す。

「MCOのメンバーは、普段は一匹狼として一人で世界を渡り歩いているような人ばかり。そんな演奏家たちが定期演奏会のために集まり、1週間水戸に滞在して朝から晩までリハーサルを重ねます。その忙しいスケジュールの中で、『子どものための音楽会』に時間を割くのは本当にたいへんなことなんですが、今はメンバー全員がこの会の意義を理解してとても協力的に取り組んでくれます。真剣勝負で臨む彼らの姿が、子どもたちの心に響くのだと思います」

関根さんは、さらに小澤征爾館長から聞いたという印象的な話を続ける。

「MCOの話ではないんですが、小澤さんから聞いた忘れられない話があります。阪神淡路大震災の後、小澤さんと、とあるオーケストラが子どもたちのために何かしたいと慰問コンサートを開いたそうなんです。ただ、そのとき演奏できるレパートリーはロッシーニの『セビリアの理髪師』序曲しかなかった。この曲は快活な曲調で、被災者を慰める音楽としてはあまりふさわしくないものです。しかし、小澤さんとオーケストラは、その曲を被災地の子どもたちのために心を込めて懸命に演奏した。それを、子どもたちは涙を流して聴いていたそうです。音楽家が真剣に演奏し生み出す音の美しさは、理屈を越えて心に響く。言葉にならないような音があり、そのひとつの音で満ち足りてしまうようなものが存在するんですよね。そういう音楽を続けてきたのが小澤さんであり、MCOはそういった姿勢を追求しているオーケストラだと思います。だから、子どもたち向けの演奏会であっても手を抜くことなく全力を尽くす。メンバー全員がいい意味での競争意識を持ち、ステージで生身をさらけ出して音楽と向き合う。その姿からも、きっと子どもたちに何かを感じ取ってもらえると思うんです」

今では、海外から参加するMCOのメンバーからこんな言葉をかけられることも。

「ヨーロッパ出身のメンバーが、『これほど大勢の子どもたちが一堂に集まって生演奏を聴くことはヨーロッパでも珍しい。子どもたちの反応がダイレクトに伝わっていい刺激になる、素晴らしい企画だね』と言ってくれるんです。こういった取り組みは日本のほかの地域でも行われていますが、MCOのような世界的レベルの専属楽団が演奏しているところは少ないと思います。音楽家たちの協力があるからこそできる企画。専属楽団を持つ水戸芸術館ならではの強みです」

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演奏家とお客様をつなぐ、
アートマネージメントの仕事

関根さんは水戸市生まれ。小学1年生の時に父親の転勤で埼玉に移り、やがて進んだ慶應義塾大学では、「勉学よりもコーラス部の活動に熱中していた」という。たまたま大学を卒業する年度に募集のあった水戸芸術館の音楽部門の学芸員採用試験を受け、狭き門を通り抜けてその座を得る。1995年のことだ。以来20年間、学芸員の仕事に邁進してきた。2012年からは主任学芸員としてさらに重要な責務を担っている。

水戸芸術館には、音楽・演劇・美術の3部門があるが、初代館長には日本を代表する音楽評論家の故吉田秀和氏が就き、MCOの音楽顧問を小澤征爾現館長が務めたことから、創立時点でもっとも注目を集めたのが音楽部門だったといえる。優れた音響を誇る専用空間のコンサートホールATMでは、専属楽団MCOの定期演奏会のほかにも、数多くの一流の音楽家が演奏を行い、地元はもちろん全国の音楽ファンからも注目を集める。

「本当にこの仕事に就けて幸運でしたね。なぜ僕が選ばれたのかわかりませんけれど」

柔和な表情で話す関根さんだが、仕事はつねに慌ただしくハードだ。公演の企画に始まり、予算やスケジュールなど年間の事業計画を立て、出演交渉、広報活動、時にはチケットの販売までを手掛け、演奏会当日には、演奏家に一番よいコンディションで演奏してもらうために身の回りのことにも細かく気を配る。

「音楽家にはいろいろと個性的な方がいまして。演奏会の本番直前になって、あれ、蝶ネクタイがない!なんていう人もいます。そうなったら、私が街に買いに走るしかない(笑)。音楽家にとってよりよい環境を整えるため、本当になんでもやる仕事です。まあ少し堅い表現をすれば、音楽部門における学芸員の仕事とは、演奏家とお客様をつなぐアートマネージメントということになるんでしょうね。学芸員は、制作者であり媒介人、一種のメディアのような存在だと思います」

このハードワークを続ける原動力となっているのが、学芸員になった20年前からずっと持ち続けている「水戸芸術館を、世代を超えて音楽に親しんでもらえる場所にしたい」という強い想いだ。

数々の公演を企画する傍らで、教育プログラムも多数実施するのは、その想いゆえのこと。冒頭で紹介した「子どものための音楽会」のほかにも、MCOの定期演奏会に合わせて、メンバーと地域の子どもたちが直接触れ合う機会を必ず設ける。「高校生のための水戸室内管弦楽団メンバーによる公開レッスン」や「水戸室内管弦楽団メンバーによる小中学生吹奏楽クリニック」などがそうだ。

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(写真:大窪道治)

「幼児期、小学校、中学校、高校とそれぞれの時期に、水戸芸術館での催しを体験して、それがいい思い出になればと願っているんです。その経験がきっかけとなって、クラシック音楽を愛してくれる若い人が増えたら、水戸の文化の向上につながり、よりよい街づくりにも貢献できると思うんですよね」

教育プログラムの対象は、子どもたちに限らない。地域のさまざまな世代に、いろいろな角度からアプローチする企画を考案し、水戸市や周辺地域の音楽文化の向上に力を注ぐ。

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たとえば、地元出身の優れた若手演奏家をオーディションで発掘し、8~10人ほどを集めたオムニバス・コンサート形式で広く紹介する「茨城の名手・名歌手たち」のシリーズがある。若い演奏家たちに、水戸芸術館のコンサートホールATMのステージに立つ機会を提供する試みだ。さらに、より進んだ段階として「茨城の演奏家による演奏会企画」があり、演奏家にソロ(あるいはひとつのユニット)としてコンサートホールATMで行う公演を企画してもらい、その実現をサポートする。

師走の水戸に高らかな歌声が響く「水戸の街に響け!300人の《第九》」は、水戸周辺で声楽に親しむ人たちの憧れのステージだ。すでに季節の風物詩としても親しまれており、2015年は、下は3歳から上は90歳までの市民声楽家たちが参加し、ベートーヴェン作曲の「交響曲第9番 ニ短調 作品125の第4楽章『歓喜(よろこび)の歌』」をドイツ語で高らかに歌いあげた。

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愛され続けるオリジナル企画
「音楽物語 ぞうのババール」

一方、聞き手の裾野を広げる活動にも関根さんは意欲的だ。近年人気を博しているのが、「ちょっとお昼にクラシック」のシリーズ。多様な演奏家による魅力あふれるカジュアルな公演が年間3~4本企画される。

「もともとは子育て中の女性にも気軽にコンサートに足を運んでもらえるようにと、平日の昼すぎに始まる1時間ほどの公演を企画して、チケットの料金も安価に設定したんです。ところが、この条件が年配の方にも大きく支持され、いまや高齢の方々にも大人気のシリーズとなりました」

1995年に始まった「小さな聴き手のためのコンサート 音楽物語 ぞうのババール」は、映像と音楽を合わせた親子で楽しめるオリジナル企画として、根強い人気を持つ。

「これは初代の主任学芸員が企画したもので、私が仕事に就いた年に始まったコンサートです。当初は物語の絵本の絵を写真に撮ってスライドで上映していました。今はデジタル投影という最新技術を使っていますが、内容は基本的に変わっていません。何年か前、子どものころにこのコンサートに来たという女性が、大人になって今度は自分のお子さんと一緒に来てくださったことがありました。いい思い出になっていたからこそ再び来てくださった。世代を通じてこの催しを楽しんでいただけることは本当にうれしいことです」

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復興の象徴として地域の人々の心を支えた
パイプオルガン

水戸芸術館には、塔と並ぶシンボル的存在のパイプオルガンがある。エントランスホールに鎮座するこのパイプオルガンは、月に3~4回、週末の昼間に無料で開催される「パイプオルガン・プロムナード・コンサート」で荘厳な音を響かせ、多くの市民の心を癒す。「幼児のためのパイプオルガン見学会」「市民のためのオルガン講座」など、市民が直接オルガンに触れられる機会も揃う。

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5年前の東日本大震災で水戸芸術館は大きな被害を受け、パイプオルガンも巨大なパイプが崩落するなど、致命的とも思える損傷を受けた。長期にわたる修復作業を経て、「パイプオルガン復興コンサート」が開かれたのは大震災から約1年後のことだった。

「その日は私も入口に立ち、呼び込みをしていたのですが、エントランスホールはみるみるうちにすごい人の数になり驚きました。ご自宅がまだ被災したままの状態の方もいらしたと思います。そんな中でも、パイプオルガンの音色を聴きに来てくださった。このオルガンが、復興のシンボルとして地域の方の心の支えとなっているのだと感じましたね」

熱気に包まれたエントランスホールで、詰めかけた多くの人々が、よみがえったパイプオルガンの音に涙を流した。

今やパイプオルガンを有するコンサートホールは日本でも珍しいものではなくなっているという。しかし、水戸芸術館のパイプオルガンほど大勢の人に親しまれているものはないのでは、と関根さんは話す。

「パイプオルガン用の木製椅子にくぼみができているんです。小さな子どもたちから大人まで、たくさんの人がこの椅子に座り、オルガンに触れて音を出してきた証拠です」

音楽ホールの理想の姿として、かつてはヨーロッパの音楽都市のように毎夜コンサートが開催される状況を思い描いたこともあったという関根さん。今は、地域に合ったスタイルの演奏会こそを企画していきたいと考える。

「この水戸という地で、それぞれの季節に聴きたくなるようなもの、何か月も前から楽しみにしたくなるような演奏会を提供し続けたい。家族で、夫婦で、友人と一緒に、あるいは一人で、その時々のその方の人生を彩る演奏会を揃えることが、今の私の理想です」

至上の音を鳴らす演奏家たちと地域のさまざまな世代の聴き手をつなぎ、音楽がもたらす幸福感で水戸の街が豊かに満たされていくことを夢見て、関根さんの奔走は続く。

( 取材…海藤和恵、笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣)

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音楽部門

コンサートホールATMで国内外の優れた音楽家による
多様な音楽作品を提供

水戸芸術館の音楽部門では、専属楽団の演奏会をはじめ、学芸員が独自の視点で構成するオリジナル企画や国内外の優れた演奏家を招いての企画など、質の高い音楽を紹介する活動を行っています。また、地域で活躍する演奏家の活動を支援する企画や子ども向けのプログラムなど、地域の音楽文化の活性化にも取り組んでいます。

専属楽団「水戸室内管弦楽団」

水戸室内管弦楽団は1990年、水戸芸術館の専属楽団として、初代館長・吉田秀和氏の提唱により開館と同時に誕生しました。日本が世界に誇る指揮者の小澤征爾氏が総監督を務めています。メンバーは、ソリストやオーケストラの首席奏者として世界的に活躍する21名の日本人音楽家と6名の外国人音楽家たちです。小澤征爾氏や客演指揮者による演奏会とともに、指揮者を置かずメンバーのみのアンサンブルによる演奏会にも力を入れています。

音楽家たちは、演奏会の度に世界各地から水戸芸術館に集まり、集中的にリハーサルを行います。過去3回のヨーロッパ公演をはじめ、その質の高い演奏活動により、世界有数の室内管弦楽団との評価を確立しました。

近年のおもな公演

●水戸室内管弦楽団 第93回定期演奏会(2015年5月)[指揮]小澤征爾、[ティンパニ]ローランド・アルトマン、[ヴァイオリン]竹澤恭子小澤征爾総監督とMCOによるベートーヴェン交響曲〈第2番〉の熱演。

●水戸室内管弦楽団 第94回定期演奏会(2015年11月)[指揮]広上淳一、[ピアノ]児玉桃 モーツァルト ピアノ協奏曲第27番変ロ長調ほかを披露。

●クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル(2016年1月) 「現代最高」と評されるピアニストの一人、ツィメルマンによるオール・シューベルト・プログラム。ヨーロッパで感動をもたらしたプログラムがここ水戸でも実現。

●小曽根真 プレミアム・ジャズ・ライヴ(2015年10月)世界的ジャズピアニスト・小曽根真による水戸芸術館での待望のソロ・ステージ。

●ロレンツォ・ギエルミ オルガン・リサイタル(2016年2月)バッハ解釈の第一人者として知られるオルガニストによる、至高のオルガン演奏が水戸芸術館エントランスホールで実現。

●小さな聴き手のためのコンサート 音楽物語「ぞうのババール」(2015年9月)[ピアノ]高橋アキ、[語り]柳家花緑  長年続く大人気企画。2015年は落語家の柳家花緑を語りに迎えて大好評を博す。

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シェイクスピアが使用した劇場をモデルにつくられた水戸芸術館のACM劇場では、多彩な演目が上演されるが、中でも近年人気を集めているのが、「ファミリーシアター」と名づけられた音楽劇のシリーズだ。自ら脚本を手掛け、子どもたちに楽しい劇場体験を提供することに力を注ぐ芸術監督の高橋知伽江さんに、話を聞いた。

脚本家・翻訳家として長く活躍し、3年前から水戸芸術館演劇部門の芸術監督に就いている高橋さんは、そのキャリアの多くを劇団四季での仕事を通じて積んできた人物だ。劇団創設者であり演出家である浅利慶太さんの秘書兼演出助手という名の〝お茶くみ〟の仕事から始め、やがて東京外国語大学卒の語学の才を買われて、細かなセリフの修正などを引き受けるようになる。

「ある日、浅利さんに、このセリフちょっと言いにくいから、直してみろと言われました。そのとき初めて、自分が考えた一行、自分が考えた言葉に、役者の声を通して命が吹き込まれる瞬間を体験しました」

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それをきっかけに高橋さんは、劇団四季の中でのさまざまな仕事をこなすようになっていく。劇団にとっても節目となるような大きな仕事──『キャッツ』の広報や『クレイジー・フォー・ユー』の翻訳、劇団四季初のディズニー作品となる『美女と野獣』の契約交渉など、重要な責務を果たす存在になり、劇団を離れたあとも、フリーの劇作家・翻訳家として活躍。記憶に新しいところでは2013年に世界中で大ヒットした『アナと雪の女王』の挿入歌の訳詞も担当した。そう、日本中で歌われた「レット・イット・ゴー~ありのままで」の日本語詞を生み出したのがこの人なのだ。

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この劇場でもっとたくさんの
拍手を鳴り響かせよう

その高橋さんが、水戸芸術館演劇部門の芸術監督に就任したのは、劇団四季の大先輩からの誘いがきっかけだった。

「私にとっては雲の上の人なんですけれど、水戸芸術館の理事をされている吉井澄雄さんに声をかけていただきました。吉井さんは劇団四季の創立メンバーで、舞台照明家として国際的な活躍をされている方です。前任の芸術監督が病気で入退院を繰り返す状態でお困りのご様子でした」

水戸芸術館はそれまで高橋さんにとってとくに思い入れのある存在ではなかったが、吉井氏からの再三のオファーに「これは逃げることができない」と、覚悟を決める。

「それが2012年の11月くらいでした。通常は次年度の事業計画がすべて決まっている時期なのに、それがほとんどできていないから、2013年度の計画から頼むと言われて、言葉が出なかったのを覚えています」

あまりに無茶な話だと感じたが、〝雲の上の人〟からの依頼に応えないわけにはいかない。高橋さんは知人のフリーのプロデューサーに協力を求め、2人で水戸に向かい、まずは著名な役者が出演する芝居の招へいに着手する。さらに、専属劇団によるオリジナル公演を新たに企画し、毎年行われ定着していた狂言の舞台などに加えて、創作浪曲からフラメンコまで独自の企画を野心的に取り入れ、1年分の事業をわずか2か月間で計画するという離れ技をやってのける。

そのまま水戸への引っ越しを終え、2013年の4月、慌ただしく水戸芸術館演劇部門の芸術監督に就いた。当時の劇場の印象を高橋さんはこう回想する。

「私の着任前の3年間くらいは、上演される芝居の数が少なく、この劇場は拍手に飢えてひもじいに違いないと感じました。公演の数を増やし、ここでもっとたくさんの拍手を響かせようと、当時はそれだけを思っていましたね」

公演の数は前年度に比べてほぼ倍となった。

中でもとりわけ高橋さんが心を傾けて取り組んだのが、子どもたちに向けての演劇だった。

「水戸に来てわかったことなんですが、水戸芸術館でやるものは前衛だとか難解であると思っている大人の方がけっこう多い。でも、子どもって真っ白でしょ。だから、子どものうちに劇場ってすごく楽しいことが起こる場所だって知ってもらえれば、大人になってもここに足を運んでくれると思ったんです。未来に向けてのお客様づくり、演劇を愛してくれる人を増やすことをしたかった」

高橋さん自身、幼いころから母親の影響で芝居を見るのが大好きだった。とりわけ5歳のころに観た古典の名作『森は生きている』の記憶は、今もなお鮮やかなまま高橋さんの心に留まり、劇中歌の歌詞がそれを歌っていた俳優の声とともに、色褪せることなくたびたびよみがえるという。

「私にとって、劇場というのは子どものころから特別な場所、賑わいがあってとても楽しい思い出をつくってくれる場所だった。同じ楽しい体験を水戸の子どもたちにもしてほしいと思いました」

それまでにも演劇部門では、水戸市内の小学校を訪問し、各校の体育館で演劇を披露するという教育プログラムを行っていたが、高橋さんはその内容を子どもたちを劇場に招くスタイルに方向転換した。

自ら優れた児童文学を原作に選んで脚本を書き下ろし、言葉をより印象づけるためのフックとなる歌を随所に取り入れた音楽劇に仕立てる。そして、シンプルながら効果的な舞台装置を用意して、専属劇団を中心とするキャストに喜怒哀楽を豊かに演じさせる──2013年にはドイツの古典的名作『大どろぼうホッツェンプロッツ』を、そして2015年には日本の児童文学『ルドルフとイッパイアッテナ』を音楽劇として完成させ、一般にチケット発売する本公演とは別に、「小学生のための演劇鑑賞会」として全10公演を行い、市内の小学4年生・約2400人を劇場に招いて披露した。

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「劇団員は、それまで歌ったり踊ったりの訓練を受けていないので、かなりたいへんだったと思います。でも、劇が始まると子どもたちが客席で笑い転げたり、大声で反応してくれるんです。劇団員の古株の塩谷亮は、『ホッツェンプロッツ』の初日に子どもたちの笑い声を聞きながら、ああ、この劇場は変わるんだってしみじみ思ったと言ってましたね」

『ルドルフとイッパイアッテナ』は、一般発売された公演もすべて売り切れとなり、親子連れだけでなく大人同士の観客も多く詰めかけ、たいへんな好評を博した。

「子どもだけじゃなくて大人も心から楽しめるレベルのものをつくるように、そこはいつも心掛けています」

だから、子ども向けの作品は他人まかせにせず自ら脚本を書く。そして、伝えたいメッセージ──友だちの大切さ、思いやり、あきらめずにやり遂げること──生きていくうえで大切なことがらを、わかりやすい言葉を選び、メロディーに乗せて届ける。言葉が音楽と一緒になったとき、それがどれほど鮮やかに子どもの記憶に刻み込まれるかを、ほかならぬ高橋さん自身が強く体験しているから。

「『ルドルフ』は、むしろ大人の方のほうが泣いていらっしゃいました。大人は長く生きている分、いろいろな経験が脳裡によみがえる。ルドルフ役の大内真智も歌っていて泣けてきて仕方ないと言ってましたね。本番でちゃんと歌えるだろうかって心配していましたから(笑)」

プロ養成学校ではない、
人生で大切なことを教える場

もうひとつ、高橋さんが決意を持って立ち上げたものに、3つのスクールプログラムがある。高校生以上を対象に演劇的な朗読を学んでもらう「朗読スタジオ」、中学生以上を対象に3か月で気軽にミュージカル体験ができる「ソング&ダンスクラス」、そしてもっとも本格的なのが、小学4年生から中学3年生までの子どもたちが丸1年かけて歌や踊りを習い、高橋さんが脚本を書き下ろしたミュージカルをつくりあげる「水戸子どもミュージカルスクール」だ。卒業発表公演は、ACM劇場を使い、衣装や舞台装置も一般の公演と同様に整えて行われる。

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「ただこれは、プロ養成学校ではありません。教えるのは歌やダンスだけれども、子どもたちに学んでほしいのは、人生で大切なこと。助け合ったり、高めあったり、あきらめずにやり遂げるということ。この3つをひとつのミュージカルをつくる過程で学んでもらっています。それが身につけばこの先どういう人生を歩むとしてもきっと役立つと思うから」

2013年度には『ここは命の星』、2014年度には『パーフェクト・ファミリー!?』、そして2015年度にはもう一度『ここは命の星』が上演される。

「子どもたちの成長はすごいですよ。最初は挨拶もできずにうつむいていた子どもたちが、次第に自信をつけて、大きな声で挨拶ができるようになる。配役も、基本的には挙手制なので、自分のやりたい役を手に入れるために、自分の長所をアピールすることを学ぶ。歌も踊りもたどたどしかった子どもたちが、わずか数か月で見違えるようになって、もう見ていて胸がいっぱいになっちゃいますね」

普段はどちらかといえばクールな印象の高橋さんだが、子どもたちの話になると途端に顔がぱぁっと明るくなり、瞳を輝かせる。

「劇団四季が子ども向けの芝居を上演するとき、最初に『幕をあける歌』を歌います。詞は岩谷時子さんという越路吹雪さんの歌の訳詞で知られる素晴らしい作詞家が書いているのですが、その中に〝楽しい芝居はいつだって心に枯れない夢を咲かせる〟というフレーズがあるんです。私は、まさにその、子どもたちの心に枯れない夢を咲かせる仕事をしていると思っています」

劇場に来て観ていただいてこそ、
芝居に価値が生まれる

「これからも音楽劇という形はとりいれていきたいですね。子どもだけでなく、親子連れでも、カップルでも、ご夫婦でも楽しめるものとして。いい意味で劇場の敷居を低くしたいのです」

たくさんの人に劇場に来てもらうことこそが、自らの使命と考える。

「それは、私が劇団四季の出身だからだと思います。1枚のチケットを売るところから芝居は始まると叩き込まれていますので。芸術的なものをつくって、で、お客様が来なくても仕方ないとは思いません。観ていただいてこそ、価値が生まれると思う。これは、小澤征爾館長の考え方にも通じています。小澤さんも、芸術性にあぐらをかくのではなく、たくさんの人に親しんでもらうことが大切という考えの方なので」

今や公演のたびに大きな拍手が鳴り響くようになったACM劇場。その表情は3年前と変わっただろうか。

「そう思います。劇団員も、学芸員も、舞台技術の人たちも、それを実感していると思います。やはりお客様が増えるとうれしいし、お客様の反応があれば、何を求められているかがいっそうわかってくる。まあ、ここまでみんな本当にたいへんだったと思います。まわりから見れば、私のしていることはほとんど暴走だったと思いますから。裏ではきっと嘆いていたと思うんですけれど、とりあえずみんなで支えてくれました」

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本誌が完成するころ、2015年度水戸子どもミュージカルスクールの子どもたちは、1年の成果を形にするため最後の稽古に精を出している。

2016年4月2日と3日に行われる発表公演では、高橋さんが心をこめて綴った『ここは命の星』の台詞の一つひとつに、子どもたちが伸び伸びとした声で命を吹き込み、ACM劇場の客席に向けて精一杯の力で解き放つ。

もし、満員の客席の中に、子どもたちと同じように瞳を輝かせ、これ以上ないほどの優しい笑顔で舞台を見守る女性の姿があれば、それはきっと高橋さんに違いない。

( 取材…笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣)

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演劇部門

ACM劇場で古今東西の名作からミュージカル、
伝統芸能までを上演

水戸芸術館の演劇部門では、実力のある演出家や著名な俳優による古今東西の名作、そしてミュージカルから落語や狂言などの古典まで年間を通して多彩な演目を上演しています。また、茨城ゆかりのアーティストを支援する「未来サポートプロジェクト」や、他館と連携するプロデュース公演などを制作しています。

劇団ACM

劇団ACM(Acting Company Mito)とは、水戸芸術館の開館と同時に設立された専属劇団です。ACM劇場での舞台出演をはじめ、小学生のための演劇鑑賞会やワークショップなど教育プログラムも積極的に行っています。

近年のおもな公演

●音楽劇『星の王子さま』(プロデュース公演  2015年12月)水戸以外に、埼玉、福井、東京、兵庫でも公演。各地で地元の子どもたちも参加し、地域に根ざした公演となった。

● 『十二夜/わたくし、マルヴォーリオは──』(未来サポートプロジェクト/プロデュース公演  2015年2月)シェイクスピアの喜劇と、その登場人物の一人芝居を組み合わせた日本初の企画。オーディションで茨城ゆかりのキャストを広く集めると同時に、ベテラン俳優の近藤芳正をゲストとして招いた。

●伝統芸能のススメ  志の輔、昇太、花緑、文珍など人気落語家の招へいや、国本武春によるオリジナル浪曲『水戸黄門漫遊記 三部作』の創作上演を行った。狂言の公演も大人気。

●ゆうくんとマットさんシリーズ(未就学児対象公演)劇団ACMの劇団員、小林祐介と大内真智によるユニット。絵本の読み聞かせからスタートして、幼い子どものための参加型芝居を毎年5月に創作上演。

●未来サポートプロジェクト  俳優に限らず、茨城にゆかりのあるアーティストの活動を紹介。津軽三味線のはなわちえ、落語家柳家さん弥(現在は真打昇進、さん助)、ストリートダンサーたちなどを紹介してきた。

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多様な解釈ができるからこそ難解と思われがちな現代美術。その敷居を少しでも低くし、いろいろな人たちが身構えることなくアートを楽しめるようにと、水戸芸術館現代美術センターでは、さまざまな教育プログラムを展開している。開館時から教育プログラムに携わり、水戸や周辺地域における現代美術へのアクセスポイントを増やし続けてきた教育プログラムコーディネーターの森山純子さんに話を聞いた。

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2015年8月。夏休みも終盤のある日、水戸芸術館は子どもたちの熱気で溢れていた。真剣な表情で粘土の人形をつくってオリジナルの短編映像制作に没頭したり、大きな布にいろいろな木の葉を縫いつけ巨大なタペストリーをつくったり。「放課後の学校クラブ」と名づけられたスペースでは〝家づくりの学校 〟や〝海の生き物ぬりえ学校〟など子どもたちによる理想の「学校」がいくつも「開校」し、ものづくり以外にも、パイプオルガン体験ツアーや100メートルの塔を階段でてっぺんまで登るタワー登山など、14のオリジナル企画が水戸芸術館全体で一斉に展開されている。

この日行われていたのは、小・中学生とその家族を対象としたアート体験企画「こども・こらぼ・らぼ」。過去に一度、現代美術センターで行われたプログラムだったが、2011年の東日本大震災による閉館期間からの再開を機に、音楽部門・演劇部門と連携して、館全体でさまざまなワークショップやイベントが同時多発的に開かれる複合的なプログラムに進化した。主導する現代美術センターの森山さんはこう語る。

「東日本大震災後、最初に水戸芸術館に人が集まったのは、広場で行われた県警の音楽隊によるコンサートでした。建物はまだ閉鎖中でした。たくさんの方が笑顔で音楽を聴いている普通の光景。人がただこうして集まれる日常が戻ってきたことのありがたさを感じました。ちょうど震災後、子どもたちのために何か企画できないかというお話もあり、縮まっていた心を広げてほっとできる時間を水戸芸術館全体で提供したいと思って始めたのが『こども・こらぼ・らぼ』です。毎年アーティストや地域のたくさんの大人たちが子どもたちのためにサポート役を買ってくれています」

ワークショップの活動を通して子どもたちはアートに親しみ、表現し、他者との関わりを学んでいく。楽しみを自分の手でつくり出すことは今の時代、ますます貴重な体験となる。

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多様な価値観に触れることで
世界が広がる

現代美術センターが行う教育プログラムの対象はさまざまだ。「こども・こらぼ・らぼ」のほかにも、「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」というバギーツアー、園児のための「プレ・スクールプログラム」もあれば、大人向けのワークショップもある。中でも歴史を持つのが、高校生を対象とした「高校生ウィーク」だ。

1993年に始まった「高校生ウィーク」は、もともとは高校生らハイティーン世代を対象とした無料招待企画だったが、やがて、高校生たちが主体的にカフェやさまざまなワークショップの企画運営を行う現在のスタイルへと進化した。期間中、18歳までは入館無料となる。

「中高生くらいの世代は、美術館にいちばん行かない世代と言われます。でも、多様な価値観に触れることで世界がもっとも広がる世代でもあります。日常をおもしろがる視点を持てれば人生は最強!と伝えたい。それに気づく場所として美術館はうってつけです」

新たな視点でものごとを切りとり表現するアーティストはもちろん、学芸員や市民ボランティア、地域の大人たちと交流しながら高校生たち自身が発信する側に立てるよう、森山さんたちは、ポスター制作などさまざまな参加型のプロジェクトを展開していった。

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現在の「高校生ウィーク」では欠かせないカフェスペースも、高校生たちの「お茶を飲みながら話せる場所があったらいいな」という声から誕生したものだ。このカフェがきっかけとなって、高校生だけでなくたくさんのボランティアも運営に携わるようになり、「高校生ウィーク」の活動は地域の人たちとの相互交流の場へと広がっていった。

「私たちスタッフが参加者に用意するのは、『場』と少しの仕掛けや働きかけだけ。それぞれが自主性を発揮できるよう、こちらからはあまり手を加えないようにしています」

そう森山さんはさらりと語るが、感受性のもっとも豊かな時期にこの「高校生ウィーク」と出会うことで、自分と向きあい、仲間たちと思いをぶつけあい、自身の進む道に気づきを得た「元高校生」は数知れない(本誌の後半で紹介するミヤタユキさんもそのひとり)。今、水戸やさまざまな場所で頭角を現し始めている才気あふれる彼らと話せば、いかに彼らがこの心地よく刺激的な場に巡り合えたことを幸せに感じ、その場を提供し優しく見守り続けてくれた森山さんたちスタッフに感謝しているかがわかる。

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もっと早く〝いろいろな大人〟に
出会えたらよかったという想い

森山さん自身はどんな子ども時代を過ごしたのだろう。美術との出会いは、祖母の家にあった武井武雄や初山滋の絵本などに興味を持ったのがきっかけだったそう。

「父が体育教師ということもあり、育ち方は完全に体育会系。近所の子どもたちのガキ大将的存在で、野山を駆け回る幸せな子ども時代でした。並行して絵を描いたり、モノをつくることも好きでした。しかし中学に入ってからは学校でも家でも話の内容よりも、態度やきまりを守るかどうかが何よりも重視され、人をランクやレッテルで分ける大人たちに疑問を持っていました。なぜそのきまりがあるのか、なぜ学ぶのか。根本的なことが知りたかったのです。なので、今の仕事は私自身の体験から来ている部分もあります。もっと早く〝いろいろな大人〟に出会えたらよかったという想いがありますから」

子どもと美術が好きだった森山さんは、茨城大学教育学部小学校教員養成課程の美術科に進むが、教師は適正にあわないと思い、ならなかった。卒業のころに水戸芸術館が開館する話を知り「働いてみたい」と思うが、門戸は狭く一旦は諦める。が、そんな折、大学の教授から水戸芸術館の設計を手掛ける磯崎新アトリエの水戸事務所で模型つくりのアルバイトを紹介される。以来、開館準備の現場に出入りし、スタッフを探していた教育担当学芸員の目に留まりアシスタントに抜擢された。

現代美術は答えではなく、問いかけに満ちている。森山さんは仕事を通じて、作家や作品、出会う人との対話から多様なものの見方のレッスンを積んでいく。それは、「長年の疑問が晴れていくような時間」だったという。

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「対話」をしながらともに鑑賞し、
発見や感動を共有する喜び

1990年の開館当時、現代美術の企画展のみで運営する初の公立美術館であった水戸芸術館現代美術ギャラリー。現代美術に対しての理解が浅い時代、一般の人には「わけがわからないモノが並んでいる」と思われがちな展覧会のおもしろさをどう伝えるか。それが教育プログラムの最初で最大の課題だった。

そのひとつの答えとなったのが市民ボランティアによる「ギャラリートーク」だ。これは、専門家が作品を「解説」するのではなく、一般の人たちから募集したボランティアが、来館者と一緒に「対話」しながら作品を楽しむという鑑賞ツアー。作品に関する情報を一方的に伝えるのではなく、来館者と同じ目線で感想や意見などを交しながら、発見や感動、そしてわからなさをも共有していく。市民ボランティアという親しみやすい相手だからこそ、来館者も構えることなく自由な感想を口にすることができ、さらにほかの参加者との対話によって鑑賞の角度が広がるのがこのプログラムの醍醐味だ。

2010年から始まった視覚に障害がある人との鑑賞ツアー「セッション!」は、その発展形といえる。これは、全盲の現代美術愛好家である白鳥建二さんと森山さんが出会ったことをきっかけに始まった企画だ。

「セッション!」では、見える人と見えない人とが一緒にギャラリーの展示を鑑賞する。見える人が作品の色や形、大きさや素材、印象などを、それぞれの言葉で伝えていき、見えない人はそれを受け、自分の中のイメージを膨らませながら、さまざまな質問を投げ返す。その言葉のやりとりの中で、参加者が今まで持っていた「見える」「見えない」という観念がいかに固定的なものであるかに気づく。見ているつもりがじつは何も見ていなかったのではないかと、頭の中が大きく揺さぶられる。

穏やかに進行するが、なかなかに刺激的なプログラムだ。視覚障害の有無に関わらず、他者と共有できること、できないことは必ずある。大切なのはその先の態度なのではないか──それぞれの見方を共有しながら参加者たちは多くの気づきを持ち帰る。

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だれもが気軽に美術館を訪れ、
自由にアートを楽しむ街に

美術館に来ることは、作品と出会い、他者と出会い、新たな自分と出会うきっかけとなる。物ごとには多様な見方があり、自分を伝える方法もまた多様にあることに気づく。美術館は一人ひとりの感受性の点検や価値観の更新のサポートができる場所となりうる。

そういった体験の機会を、ギャラリーに「来にくい」方たち──現代美術の楽しみ方がわからないと思っていたり、環境や社会的な障壁によって簡単には来られない方たちにも提供していくことが、教育プログラムの大きな目的のひとつだ。けれど、それはアートの楽しみ方や鑑賞の方法を誘導するものとはまったく異なるという。

「来館者個人とこちら側が深く関わることが大切、というわけではないんです。自分なりの楽しみ方を持つ方、見つけた方には自由に利用していただき、サポートが必要であれば手を貸します、というスタンス。静かに鑑賞したい人もいれば、話しながら鑑賞したい人もいる。つくること、人とつながることが好きな人もいる。アートの楽しみ方やアートとの関わり方は、各人が自由に選べることが大切だと考えています」

だから、森山さんの究極の(逆説的)目標は、現在のような教育プログラムが無くなること。特別な働きかけがなくても、だれもが好きなときに美術館を訪れ、自由に現代アートを楽しみ、多様な人々が共存できる──水戸がそんな包容力のある街になることが、森山さんの願いだ。

森山さんはこれからも真っ白なギャラリーの中で、アートとたくさんの人たちをつなぐ方法を日々考えて続けていくことだろう。その人たちとともに森山さん自身もまた、新たな自分との出会いを楽しみ続ける。

(取材…伊藤梢、笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣)

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現代美術センター

専用ギャラリーの空間特性を生かした
独自の個展・グループ展を開催

水戸芸術館の現代美術センターでは、開館以来、現代美術の自主企画展にこだわり、ジェニー・ホルツァー、ジェームズ・タレル、イリヤ・カバコフといった世界的アーティストの個展、日本を代表する作家の個展、時代と呼応したテーマのグループ展などを開催しています。こうしたプログラムを通じて、①新しい芸術創造の世界的な拠点となる、②市民が現代美術の鑑賞・創造を通じて現代美術に親しみ、市民と現代美術の交流の輪をつくり出す、といった活動を続けています。

このように旧来の美術館とは違う在り方を目指しているため、美術部門では1993年より「現代美術センター」という名称を用い、施設としての展示空間「現代美術ギャラリー」と活動体としての「現代美術センター」とを呼び分けています。

企画事業

第1室から第8室までの会場を使った年3~4回の企画展では、現代美術から建築・デザイン・映像などさまざまなジャンルでの今日的な表現活動を調査研究した成果として、水戸芸術館の会場特性を生かした独自の個展・グループ展を開催しています。また、第9室では若手作家を紹介する「クリテリオム」を実施しています。

近年のおもな企画展

●「ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー―力が生まれるところ」( 2012年2月→5月)スイスの現代アーティスト2人による過去最大規模の個展。水戸での滞在中に人々との交流を通じて制作したインスタレーションも話題に。

●「山口晃展 前に下がる下を仰ぐ」(2015年2月→5月)卓越した画力でユーモラスかつシニカルに描かれる都市鳥瞰図などで知られる人気作家の個展。現代美術ギャラリー史上最多の入場者数を記録。

●「拡張するファッション」( 2014年2月→5月)編集者、林央子の著作を元に、複数ジャンルが出会う文化の交差点としてのファッションを意欲的に紹介。

●「カフェ・イン・水戸R」( 2015年8月→10月)2002年に始まった街中アートプロジェクトの第5回。館内では9組の作家が作品を展示。館外では日比野克彦氏をプロジェクト・ディレクターに迎え「Re MITO 100(リミット100)」の名のもと、地元のさまざまな文化に着目し、鑑賞・体験できる100のプログラムを地元の人々とともにつくり出した。

●「クリテリオム」ラテン語で「基準」を意味する「クリテリオム」は、1992年から始まった若手作家の新作を中心に紹介する企画展。最新は第92回となる。

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 建築史家・五十嵐太郎さんに聞く

「建築」としての水戸芸術館

25周年を迎えた水戸芸術館の中を五十嵐さんと歩いて話を聞きました。マニアも初心者も読んで楽しい水戸芸術館の基本情報&トリビア集。

今から15年前、水戸芸術館の開館10周年を記念して『ART TOWER MITO 水戸芸術館』という150ページにも及ぶ冊子が制作された。設計者の磯崎新氏が監修するその冊子で、水戸芸術館の建築としての特徴について丁寧な解説文を寄せていたのが建築史家の五十嵐太郎さんだ。

時は流れて2015年の11月、その五十嵐さんをゲストキュレイターに迎えた「3・11以後の建築展」が、水戸芸術館の現代美術ギャラリーで開催された。関連イベントのため水戸を訪れた五十嵐さんと芸術館内を歩き、あらためて建築的視点からの特徴を語ってもらった。

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五十嵐太郎さん
建築史・建築評論家。1967年フランス・パリ生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。2009年から東北大学大学院教授。

水戸芸術館は、磯崎新さんのキャリアから見ても、60歳くらいのいちばん円熟した時期の、代表作のひとつと言えると思います。ポストモダンの流れを汲んでいて、いろいろな西洋建築のレファレンス(引用)があって──これは磯崎さんが80年代によく試みた手法ですが、よい素材でいいものをつくって長く使いましょうという建築。

25年経っても劣化を感じさせないのは、チタンや石など上質な素材を使っているからです。現代では、建築はより透明で軽い方向へ、そしてコストをなるべく抑える方向へとシフトしていて、このような素材は建築家が望んでももう使えません。その意味で、水戸芸術館は、確実に経済が元気だった〝時代〟が刻まれた建築だと思いますね。

全体構成・広場

分節された複数の要素が街のように連続する

こうして外から見ると、広場を囲むコの字型の建物が、分節された複数の小さな建物のように構成されていることがよくわかります。実際はひとつのつながった建物なんですが、威圧感がないのはそのためです。ヨーロッパにはこんなふうに連続する建築が広場を抱きかかえているという風景がよくあります。ここはまさにヨーロッパ的な街の要素で構成されているんですよね。

音楽・演劇・美術用の3つの専用空間を持つというのが、水戸芸術館の大きな特徴ですが、このような建築はほかにあまり例がないですね。思い浮かぶのは、同じころに建てられた愛知芸術文化センターですが、こちらは大ホールの収容人数が2500人規模と非常に大きく、しかも名古屋市の繁華街にあるので、空間が垂直に積み上げられています。

水戸芸術館の場合は、敷地に余裕があり、また各施設の収容人数も700人前後に抑えてつくられているので、スケール感が非常にうまく調整されていると感じます。

西洋芝を敷き詰めた美しい広場もここの特徴です。日本では広場があっても、なかなか広場として機能しないといわれますが、ここでは「300人の第九」のようなイベントやマーケットが開かれたりと、とてもおもしろい使われ方をしていると思います。

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街を見下ろす100メートルの現代建築

水平方向に広がる建物の中で、この塔だけが垂直方向の要素になっていますね。正四面体を積み重ねた外観の線をたどると、三重のらせんが空に向かって上昇しています。

高さは100メートルですが、この高さは、水戸芸術館が市制100周年の記念事業でつくられたことに由来しています。先日教えてもらったことですが、水戸ではこの近辺にこの塔より高いものを建ててはいけないルールがあるそうです。空港などの周囲にそういった制限があることはありますが、現代建築がそういった基準になるというのはあまり聞いたことがなく、珍しい例です。

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エントランスホール

水平線の広場から一転して垂直の世界へ

前述した磯崎さんの西洋の引用がよくわかるのがこのエントランスホールです。ヨーロッパの教会の内部を連想させ、水平線の多い広場から一転して縦の線が多い垂直性の強い空間になります。パイプオルガンは、磯崎さんの提案により、残響時間が長いエントランスホールの特性を活かして導入されたものです。

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コンサートホールATM

ゆるやかな勾配で広がる白い空間

エントランスホールから階段を上り、ドアをくぐると白を基調とした華やかな空間が広がります。舞台からゆるやかな勾配で3方向に客席がのびる、六角形のコンサートホールです。長方形の空間をもつ箱型の形式ではなく、サントリーホールのように、広げた手のひらの真ん中に舞台を置くアリーナ形式が採用されています。扇形の客席配置は観客同士の視線が行き交う演奏会の臨場感を生みだし、さらに合唱席にも使える舞台の後ろのバルコニー席が加わることによって、劇場と同様、舞台と客席の一体感を強めています。

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ACM劇場

3層の客席に囲まれた求心的空間

光が差し込む階段室から一転して、劇場の内部空間は暗くなります。3層の客席がぐるりと舞台をとりまく十二角形の劇場で、2階は半円形に沿った桟敷席、3階は舞台の後ろまで円形に囲んだ桟敷席で、舞台を真ん中にして円を描くように客席が配された、求心性の強い空間です。

この劇場の基本構成は、シェイクスピアの使っていたロンドンの伝説的な劇場、グローブ座をモデルにしてつくられました。近代以降に主流となった額縁の向こうの別世界のような舞台ではなく、タイムスリップしてシェイクスピア時代の一体感ある方式で芝居を観覧できます。

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現代美術ギャラリー

2列に並び、連鎖していく空間

ギャラリーは、全部で9つの展示室、ワークショップの部屋、屋外彫刻広場としても使える2階回廊部分など、大きさや性質の異なる空間が連鎖しています。

磯崎新さんは多くの美術館を設計しましたが、独立した部屋が2列に続くこのギャラリーの空間構成と上部からの採光システムは、19世紀のイギリス人建築家ジョン・ソーンのダリッジ絵画ギャラリーを意識したそうです。

今回、僕も実際に「3・11以後の建築」の展示に関わりましたが、自然光が入る空間も多く、よい展示空間だと思いました。意外に展示がしやすい印象でしたね。

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会議場

優雅な曲線に包まれた楕円の空間

 敷地の南西の角に位置する会議場は、メインのエントランスホールを通過しないで入ることができる独立した施設です。直方体と2分割した円筒を組み合わせた外観は、磯崎さんが好む18世紀のフランス革命期の新古典主義の構成を意識したものでしょう。

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街へと連続していく水戸芸術館

この広場や建築と呼応する展開を

 この間、ベルリンに行ったときにすごく感心したことがあって、「壁」が崩壊した後の25年くらいの間に、現代建築が連続するおもしろい街並みが新しく登場して、それが集合として力を持っているんです。

 この水戸芸術館の周辺も、今後、抽象レベルで水戸芸術館の建築を“再解釈”し、呼応するような建築ができてくれば、互いの価値を相乗的に高めていくような展開がきっと可能になると思います。

(取材…笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣、平井夏樹)

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未来へはばたく
“水戸芸育ち”たち

水戸芸術館に大きな影響を受けながら成長した、
若きアーティストたちをご紹介します。

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常陸太田市出身、ロンドン在住。ロンドンでは、以前水戸室内管弦楽団のコンサートマスターを務めていた宗倫匡氏に師事。「宗先生在籍時の公演も芸術館で何度か聴いていて、縁を感じます」。現在は、DULCINEA QUARTETのメンバーとして、日本を含む世界各地で公演。老人ホームなども訪れ、聴く人の「心と体を震わす」音楽を信条に活動を続ける。

3歳のころ、父親の仕事の関係でドイツに滞在していた牛草さん。1年後に日本に戻り水戸の近隣に移り住むと、すでに水戸芸術館が開館していたという。

「とても音楽好きの両親なので、『これで東京まで足を伸ばさなくても質の高い音楽が聴ける!』とすごく喜んでいたみたいです」

ほどなくヴァイオリンを習い始めると、両親に連れられてたびたび水戸芸術館を訪れることに。

「エントランスのパイプオルガンの無料コンサートにもよく通いました。体にオルガンの音のパワーが向かってきてとても衝撃的でした!」

パイプオルガンに触って音を出すワークショップに参加したことや憧れのヴァイオリニスト樫本大進さんの公演に行った際、開演前に偶然リハーサルの様子を垣間見る機会を得て胸を躍らせたことなど、子どものころの水戸芸術館での思い出を次々に楽しげに語る。

高校は名門の桐朋女子高等学校音楽科に進み、同大学在学中にイギリスの英国王立音楽院へ。その後同大学院を最高位ディプロマで修了──と、経歴だけを追うと順風満帆に映るが、挫折も幾度か体験してきた。

「桐朋の高校受験に失敗して一度は地元の高校に通いましたし、ロンドンに来てからも、言葉は通じないし、水が合わなくて肌がボロボロになったり、もうヴァイオリンどころじゃないときもありました」

それでも、結局はヴァイオリンが自分の味方になって助けてくれた。

「言葉が通じなくても、ヴァイオンリンで人とコミュニケートできたことがすごく大きかったですね」

2015年10月には「茨城の名手・名歌手たち第25回演奏会」で、「大人になってからは初めて」水戸芸術館コンサートホールの舞台に立った。これも2度目の挑戦で得た機会だ。

「だから、エルンストの『無伴奏ヴァイオリンのための重音奏法の6つの練習曲』という難曲を選びました。今までに何度も挫折してる曲。だからこそ、芸術館でやりたいと思って」

次にこの舞台に立つのはどんな形になるだろう。「ロンドンで組むカルテットで演奏できたら夢のようですね!」と、笑顔を輝かせた。

(取材…笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣)

 

 

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水戸市出身。茨城県立水戸第一高等学校卒業後、歌・ダンスのレッスンを開始。日本大学芸術学部を経て劇団四季へ入団し、ミュージカル『ライオンキング』に女性シンガー役で出演。退団後も活動を続け、2014年にはオーディションで『ミス・サイゴン』のエレン役を得て注目を集める。2016年5月、日本初演となるブロードウェイミュージカル『Violet』で主演を務める。

2015年8月2日、水戸空襲からちょうど70年が経過したその日に、水戸芸術館ACM劇場では『未来へ─つなぐ記憶─』と題された特別な公演が行われた。

これは、戦争の記憶を若い世代に伝える目的で水戸市が進める「ぴ~すプロジェクト」のひとつとして水戸芸術館演劇部門が企画したもの。水戸市出身のミュージカル俳優・三森千愛さんの歌と、同じく水戸市出身のバレエアーティスト・伊藤智美さんのパフォーマンス、さらに劇団メンバーによる朗読を交互に織り交ぜ、平和への願いを形にした作品だ。

「伊藤さんとは今回が初対面だったのですが、話してみたら、通った幼稚園、小学校、中学校が全部一緒で、家も近くて。そんな方と、普段はできないバレエとのコラボレーションという形で水戸芸術館の舞台に立てることは、本当に貴重な機会。大切な時間になります」

以前、東日本大震災が起きた年、ミュージカル仲間とともに歌で地元を元気づけたいと、イベントの開催を水戸芸術館にもちかけたことがあった。が、そのときは条件が整わずに実現しなかったという。

その後、三森さんはミュージカル俳優として大きな飛躍を見せる。新演出版『レ・ミゼラブル』のファクトリーガール役や新演出版『ミス・サイゴン』のエレン役に抜擢され、水戸芸術館側から出演を請われる存在へと成長した。

『未来へ』のステージでは、その『ミス・サイゴン』から「Maybe」も披露。鈴を振るような歌声で、戦争を背景に愛する人と引き裂かれる悲しみや苦しみ、そんな状況下でも相手を想う人間の愛の深さを表現した。その情景が70年前の水戸の姿とも重なるところがあったのか、客席で涙をこぼす年配の女性の姿も見られた。

「8月2日という水戸空襲からまさに70年目のその日に、小さいころから親しんだ水戸芸術館で舞台に立てるなんて」

水戸が記憶すべきこの日のために特別に用意された公演は、演じた三森さんの記憶からも決して消えないものとなった。

 

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水戸市出身。茨城大学教育学部附属中学校を卒業後、ロシア国立モスクワ舞踊アカデミーに入学。卒業後、国立モスクワ舞踊大学、同大学院を卒業し、ロシア国家バレエアーティストなどの資格を取得。グリンカ記念チェリャビンスク国立オペラ・バレエ劇場のソリストとして活躍する。2016年4月からは日本でバレエスタジオを開校し、指導者としての活動も開始する。

ロシア国家バレエアーティストの資格を持ち、グリンカ記念チェリャビンスク国立オペラ・バレエ劇場でソリストとして活躍する伊藤さん。

「小学生のとき、水戸芸術館の劇場の舞台に一度立ったことがあるんです。1998年に上演された『ヘンゼルとグレーテル』で天使を踊って。そのとき、この劇場で毎日仕事をしている人がいるということを知って感動したのを覚えています。劇場での仕事を職業にできるのかと」

その感動が背中を押したのか、中学卒業後すぐに、バレエの道を極めるためロシアへと渡った。

『未来へ』では、そのロシアで同じバレエ団に所属する秋元康臣さんと組み、コンテンポラリーダンスとクラシックバレエという異なる表現を披露。コンテンポラリーとしては、2014年にマクシーモワ記念ペルミ国際アラベスクコンクールでコンテンポラリー特別賞を受賞したプログラムを、日本で初めて踊った。

「振付のとき、よく〝電球を回して消す感じで〟と言われていたんです。それは戦時中の体験にも通じるものがあるかなと。それで今回踊ることを提案させていただきました」

黒のシンプルな衣装に身を包み、重心を落とした抑制の利いた動きの中で、苦しみにも似た人間の内部のエネルギーを表現するダンス。

一方、三森さんの「Maybe」に続いて登場する場面では、三森さんの歌の切ない余韻を優しく受けとめ解き放つように、白い衣装で軽やかな古典の舞いを見せた。

そして、プログラムの最後では、三森さんと伊藤さんの2人が「アメージング・グレース」で共演。振り付けは伊藤さんが担当し、歌の最後に2人が静かに手を重ね合わせる印象的なポーズで、平和への尽きない想いを表現した。

「小学生のころにも踊ったこの舞台で、今度は自分が真ん中に立っている。自分勝手な想いですが、何かここに縁のようなものを感じます」

今回の公演を体験して、水戸でもロシアのようにバレエを気軽に、日常的に楽しんでもらう機会をつくりたいという想いがいっそう強くなった。水戸芸術館でそんな活動ができたら最高だと思っている。

(取材…笠井峰子 │ 写真…大谷健二)

 

 

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水戸市出身。茨城県立水戸第一高等学校を卒業後、筑波大学、同大学院へと進み、現在は筑波大学芸術系の助教を務める。水戸芸術館現代美術センターとのつながりは今も深く、「高校生ウィーク」の中で自身が立ち上げに関わった「書く。部」や「常州妖怪同好会」の顧問として、自身の専門分野を生かしながら活動を支援する。

「妖怪研究家」としてマニアの間では全国に知られる存在の市川さん。本業は筑波大学の教育研究科・芸術科教育コースで教鞭をとる助教だ。研究テーマは、「コミュニティとアートの関わりについて」。美術館や博物館が地域に対して果たす役割を探り、ワークショップなどのアート活動を通して、地域住民が単に受信するだけでなく、発信する側に立つ可能性を持つことの意義を示し続けている。じつは、〝妖怪〟も同じテーマの下での研究活動の一環。

「妖怪とは、人が暮らしの中で出合う不思議を具現化しながら創造してきた文化、いわば地域住民が共同で生み出したコミュニティアートそのものなんです」と語る。

美術が好きだった市川さんだが、水戸芸術館と関わった時期は意外に遅く、大学に進んでから。現代美術ギャラリーでアート・エデュケーター・プログラムを開いていたアーティストであり筑波大学技術職員の林剛人丸さんとの出会いがきっかけとなった。

「初めて『高校生ウィーク』の会場を訪れたとき、ギャラリーの中に畑があって、何だこれは!?と。それまで学んできた美術教育とはまったく異なるアートとの関わり方があることを知り、鮮烈な印象を受けました」

その後、水戸芸術館の教育プログラムに関わるようになり、作品を言葉で表現する〝アートライティング〟の活動を「高校生ウィーク」の中に立ちあげる。街中アートプロジェクト「カフェ・イン・水戸2008」の「妄想屋台祭り」では、街中に棲む妖怪を探す「妖怪黒板屋台」を企画。筑波大学で教える立場となった近年では、アーティストの北澤潤さんと水戸市内の小学校で「放課後の学校クラブ」というアートプロジェクトを展開してきた。現在は、水戸市総合教育研究所とも連携しながら「放課後アート活動」を推し進め、独自の活動をいっそう深化させている。

「アートと関わる可能性を潜在的に持っている人にきっかけを与える活動をもっと広げていきたいですね」

水戸芸術館の活動の蓄積があってこそ可能になる、〝日常の選択肢としてアートがある街〟に期待を寄せる。

(取材…伊藤梢、笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣)

 

 

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水戸市出身。茨城県立水戸第二高等学校を卒業後、多摩美術大学情報デザイン学科へ。後に東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻 日比野克彦研究室を卒業。現在は、2016年9月に茨城の県北6市町を舞台に開催される国際アートフェスティバル「KENPOKU ART 2016(茨城県北芸術祭)」の実行委員会東京事務局スタッフとして、奮闘の日々を送る。

水戸芸術館の近くで生まれ育ち、水戸芸術館を〝遊び場〟として育ったというミヤタさん。高校に進んで「高校生ウィーク」に通うようになると、毎日ワークショップ室に行き、ひとりアニメーションづくりに没頭していたという。思春期特有の、誰とも話したくない、反抗心の強い時期。

「真っ暗闇の狭い空間の中、一人の世界で作業している感じでしたね。自分にしっくりくる場所を探していて、そのひとつがアートだったのかな」

気づけば同じような感性の同年代の若者たちがまわりにいた。彼らとは日々刺激的なディベートをする仲に。

大学は多摩美術大学に進むが、「高校生ウィーク」の後では少々退屈に感じたという。卒業後は都内で「アートの先端を目指し」て仕事に励む。

が、東日本大震災をきっかけにミヤタさんの目標は大きく変化した。

「東京が混乱して機能が止まるなか、ここは〝生かされている都市〟だと気づいて。その視点で茨城を見ると、自分たちの力で生きる創造力を持つ地域だと思いました。そこにアートの可能性を確信して、地元に戻りたいなと」

大きな決断をして茨城に戻ると、まずは県内各地の魅力を伝える県のプロジェクトに携わる。

「〝観光地未満〟の土地を〝一日観光地〟にする企画をアイデアをいろいろ出してやりました。1年ほど続けたとき、アートの真ん中にたどり着いた感覚があって、これをもっときちんと学びたいと思いました」

尊敬する日比野克彦さんの研究室を目指して東京藝術大学大学院を受験し、見事に合格を果たす。

同じ時期、県北の常陸太田市から「アーティスト・イン・レジデンス」の依頼が舞い込み、大学院での研究テーマとして引き受けることに。

過疎地に住み、近所でご飯をご馳走になりながら、観光地で使用された後の大量の鯉のぼりを引き取って地域の人たちと魅力ある商品へ再生させたり、女性たちの精緻な手仕事をアートとして展示したり。日比野さんの助言を受けながらミヤタさんの創造性が大きく花開いていった。

その実績が評価され、現在は「KENPOKU ART 2016」のキュレトリアルスタッフとして奔走する。

多忙を極めるが、水戸に来た際には必ず水戸芸術館を訪ねるという。

「『高校生ウィーク』の仲間はみんな言いますが、ここは〝実家〟なので」

〝実家〟でしばし羽を休め、また慌ただしい毎日へと駆け戻っていく。

(取材…笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣)

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水戸芸術館から歩いて行ける
水戸のいいお店。

水戸芸術館の周辺には、魅力ある店がたくさんあります!

水戸芸術館の中にはミュージアムショップやカフェやレストランがあり、特別な催し物がなくても十分に楽しむことができます。また、周辺には、茨城ならではの新鮮な食材と心地よい雰囲気を楽しめる個性的なお店もたくさん。水戸芸術館に来たら、ぜひ周辺の散策もお楽しみください。

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水戸芸術館
(公益財団法人 水戸市芸術振興財団)


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コントルポアン

専門書籍からレアグッズまで、魅力的な品が揃うミュージアムショップ

水戸芸術館の音楽、演劇、美術の3部門に関する商品を中心に取り扱うミュージアムショップ。

コンサートホールATMで収録された水戸室内管弦楽団(MCO)のCDをはじめ、MCOメンバーや演奏会出演者によるCD、ACM劇場で上演される演劇の関連書籍やDVD、現代美術ギャラリーの展覧会カタログ、展覧会の関連書籍や作家のオリジナル商品を数多く揃えている。また、トートバッグや切り取ってシンボルの塔ができるクリアファイルなど水戸芸術館ならではのオリジナルグッズ、展覧会とのコラボレーションで生まれた「チョコ納豆」のほか、おみやげとして購入したい品も並ぶ。ほかに、ポストカード、アクセサリー、雑貨なども豊富で子どもから大人まで飽きさせない。

店名は、複数の旋律を重ね合わせる「対位法」という音楽用語のフランス語から。店名のとおり3部門と深く連携しながら、店独自のユニークなセンスを貫く姿勢が魅力。


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サザコーヒー 水戸芸術館店

豊かな風味が催しの前後の時間を引き立てる

コロンビアの自社農園をはじめ、各国のコーヒー農園から原料のコーヒー生豆を仕入れ、理想のコーヒーを追及するサザコーヒー。県内を中心に東京や埼玉でも店舗展開する人気店が、2016年2月に水戸芸術館内にオープン。注文を受けてからバリスタが淹れるコーヒーは、本日のコーヒー 350円~、美味しいカフェラテ500円、徳川将軍カフェラテ600円など。自家製ケーキも楽しめる。


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Ristorante da HIROSHI
リストランテ・ダ・ヒロシ

手打ち生パスタを自家菜園の野菜とともに

水戸芸術館正面口の前にあるカジュアルな雰囲気のイタリアンレストラン。自慢の生パスタは、イタリア滞在中に味わった手打ちパスタに魅せられた店主の手作り。セットメニューに付くサラダバーは、自家菜園の採れたて野菜がたっぷりと盛り込まれた内容。ランチセット900円~、夜はセットで1600円~と、リーズナブル。芸術館のコンサート開催日は、通し営業あり。


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OMISE オミセ

白い空間でこだわりのデミグラスパゲティを

「できるだけシンプルを目指した」という白い空間が印象的な、デミグラスパゲティの専門店。店主がオーストラリアのレストランで働いていた時に出会った料理からアレンジしたパスタソースは、国産鶏ムネ肉やレンコンなどを使用したデミグラソースがベース。ミニサラダ、スープ付き850円~。客のイメージに合わせてお皿とトレーの色の組み合わせを選び、提供するスタイルもユニークだ。


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trattoria blackbird
トラットリア  ブラックバード

黒板から今日ならではの一皿を選ぶ愉しみ

店主が毎朝市場に出かけて仕入れる新鮮な魚介を使ったイタリアンは、食通や常連客の舌を飽きさせない。ぎっしりと黒板に手書きされるその日のメニューから料理を選んだら、自然派ワインと楽しみたい。入口付近のバールでは、バリスタが淹れる本格派エスプレッソを立ち飲みもできる。水戸芸術館広場などでのイベントにも積極的に参加し、地域の食の意識向上にも一役買う存在。


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café PICO
カフェピッコ

楽しい隠れ家のようなcaféでくつろぐ

大通りから少し奥に入ったところにある隠れ家のようなカフェダイニング。天井や壁に描かれた店主の妻の手になる絵が印象的で、女性一人でも気軽に足を運べる雰囲気だ。メニューには地元生産者から仕入れる無農薬野菜を使った料理、手打ちパスタ、ジャガイモのニョッキ、季節の果物のタルトなどが並び、昼はパスタセット平日1080円~。夜はお酒に合うアラカルトが充実。


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Maruni coffee
マルニコーヒー

手ごろな均一料金で味わう幸せの1杯

自家焙煎のコーヒー専門店。上質な生豆を種類ごとに焙煎し、一番おいしい飲みごろで提供する。コーヒーの歴史をイメージした「アラビアのワイン」などのブレンドを5種、シングル6種、季節の限定豆を揃える。「いろいろな味を知ってほしいから」と、コーヒー1杯はどれも250円の均一料金で提供。昼食後や仕事帰り、散歩の途中に一息と客足は絶えない。豆の販売も行う。


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CAFÉ+ZAKKA+GALLERY MINERVA
ミネルバ

アートと音楽に気軽に出会えるサロン

雑貨とギャラリーの店。店主夫妻がドイツやフランスで買い付ける雑貨、食器、ヴィンテージのアクセサリーなどを販売するほか、店内でお茶やスイーツも味わえる。「アートや音楽に出会えるサロンに」と、全国からジャンルを問わずさまざまなアーティストたちを招いて行う作品展示やライブイベントも人気。30代、40代を中心に評判が広がり、イベントの回数も年々増えている。


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eat. Livin’_lab ANTENNA
アンテナ

開放感ある空間で本格ガレットやパスタを

地域コミュニティカフェVILLAGE310内にあるカフェダイニング。地産地消を意識したメニューは、常陸秋そば粉を使用したガレット、たっぷり野菜のドライカレー、マスカルポーネチーズのクリームブリュレなど。茨城の食材を使い、イタリアンやフレンチのスタイルで仕上げる。“食べる、遊ぶ、暮らす”がコンセプト。食器、雑貨の販売のほか、イベントも開く。


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割烹 治作

常陸牛やアンコウなど自慢の鍋料理に舌鼓

創業55年の割烹料理店。常陸牛、山形牛、イベリコ豚を使った「すき焼き」「しゃぶしゃぶ」に定評。12月から3月は「あんこう鍋」も。夜は3240円からのコース料理主体。昼はひとりでも気軽に味わえる「ミニあんこう鍋定食」(1700円、冬季限定)、日替わり定食(800円)など。カウンター以外は全個室。40人対応可の広間を配する。3代目は美術好きが高じて仏留学していたことも。


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to_dining & daily goodthings
トゥ ダイニング アンド デイリーグッドシングス

古木を配した空間で自然派ワインと料理を

古木を多用した温かみのある空間で、料理とともにイタリアを中心とする自然派ワインが楽しめる。店主自らイタリアに赴き、生産者と会って吟味したというワインの品揃えに力を注ぐ。グラスワインは赤白各4種、650円~。昼は日替わりでスパイスカレーやキッシュプレートなど。夜は「豚バラ肉のポルケッタ風」、惣菜の盛り合わせなど、お酒に合う料理を用意する。


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大衆酒場 小粋

魚好きが集う店。手作りコロッケは夕刻から

春から秋はカツオ、冬はアンコウと旬の魚料理を求めて県内外から客が集まる。毎日地元の市場に足を運び、その日に入る魚介を調理する。下北半島沖などで獲れたアンコウを使う「あんこう鍋」は、店主が吊るし切りで解体したアン肝を練り込んだみそ仕立てのスープが決め手。昼は定食、夜は刺身など酒菜が充実。午後5時から店頭販売する手作りコロッケはOLに人気。


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季節料理 ひろ寿

季節ならではの和の味を丁寧な仕事で演出

東京で15年間和食の経験を積んだ店主が、出身地に戻り独立。季節感を表現した料理を得意とし、スッポン、フグ、ハモ、マツタケ、山菜など、旬の食材を丁寧に下ごしらえし、持ち味を生かした一品に仕上げる。コース料理は3800、6000、8000円。昼は「ひろ寿点心」(2200円)が人気。シックな色調に演出した店内で、手打ちの常陸秋そばとともに堪能したい。個室あり。

(取材…海藤和恵 │ 写真…大谷健二 サザコーヒーを除く)


水戸芸術館NEWS

新レストランが2016年春にオープン!

水戸芸術館に新たなレストラン「テラス ザ ガーデン水戸芸術館店(仮称)」が2016年春にオープンします。

「友の会」に入会すると特典いろいろ

「水戸芸術館友の会」に入会すると、次の特典が受けられます。

年会費は次の通りです。

特典の詳細や入会については、下記の「友の会」ページをご覧いただくか、電話でお問い合わせください。
http://arttowermito.or.jp/tomo/
TEL.029-227-8111(代表)

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水戸市関連Webサイト・SNS

水戸市は日々さまざまなかたちで水戸の魅力を発信しています!

 

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編集後記

第4号は、開館25周年を迎えた水戸芸術館の教育プログラムを中心にご紹介しました。各ページを飾る子どもたちの表情がとても魅力的です。入稿を終えた今、ひそかに夢見ていることがあります。水戸芸術館が節目を迎える年に再度特集を組んだなら、その登場人物に、今号の写真を指差して「これ、私です!」と打ち明けられること。そう、「ミトノート」がみなさんに愛され、末永く続くことを願いつつ。(水戸市ミトノート担当)

 

ミトノート 第4号
発行日
平成28年3月
発行
水戸市
企画
みとの魅力発信課
編集・デザイン
有限会社平井情報デザイン室

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