p01

「ミトノート」は、茨城県の県都である水戸市の魅力を伝える冊子です。水戸市民が誇りに思う「場所」や「もの」「こと」を1号につき、ひとつ、特集のテーマとして取り上げ、そこにかかわる市民の暮らしぶりや考え方を通じて、水戸の良さをより深く伝えていきます。
第3号となる今号では、「水戸ではたらく」をテーマにお届けします。

cover00

 

[特集]水戸の暮らし名人

[特集]水戸ではたらく

 

cover01 p02

たたんで伸ばして未来が灯る。

──創業150年の老舗がつくる現代的デザインのLED内蔵提灯

 

「提灯」と聞いてたいていの人が思い浮かべるのは、お盆の光景か、飲食店の店先か。人によっては時代劇の1シーンだったりするかもしれない。およそ現代の日常生活とは無縁となったように思える存在であるが、ここ水戸には、提灯の定義にあくまでこだわりながら、今の暮らしを心地よく灯す新しくて魅力ある提灯を開発し、挑戦を続ける会社がある。

 水戸駅から北西の方向に車でおよそ15分。茨城大学の少し手前に、この地で江戸時代から150年続く水府提灯製造販売の老舗、鈴木茂兵衛商店がある。水府提灯の水府とは、水戸地域の古来からの呼称。かつて水戸は、九州の八女、岐阜と並ぶ提灯の三大産地として知られ、提灯本体や部品などの製造にかかわる人が300人以上もいたという。現在では製造販売会社が3軒残るのみになってしまったけれど。

店のロゴが染め抜かれた大きなのれんが左右にかかる入り口を入ると、深いブルーの壁に囲まれたほの暗い空間が現れる。ひな壇状につくられた陳列棚の上でオレンジ色がかった明かりを灯して並ぶのは、なんとも魅力的な曲面を持つ高さ20~30センチほどのモダンな照明器具の数々。個性的な形状と洗練された印象から、それらが提灯であるとすぐに気づく人は少ないだろう。

150年の伝統を受け継ぎながら、現代の暮らしに寄り添う新しい提灯を積極的に提案する鈴木茂兵衛商店。新商品の企画開発を一手に引き受けているのが、由元君平さんだ。

由元さんが故郷の宮崎県から約1300キロ離れた水戸を目指したのは18歳のとき。提灯づくりのためではなく、店の近くにある茨城大学の理学部で隕石について学ぶためだった。

「隕石について学べる学科がある大学って、数が少なくて。東京の大学はかなり難関だったので、茨城大学を選びました。この店に来たのは、大学3年の終わりごろ、一つ上の先輩からアルバイトを引き継いだのがきっかけですね。ちなみにその先輩は今でも隕石の研究を続けています。僕は鈴木茂兵衛商店に居ついて22年経ってしまいました(笑)。大学時代の僕の勤務態度は本当にひどくて、寝坊とか無断欠勤とかずいぶんしましたね」

苦笑いしながら振り返る。

「寝坊すると、社長や専務や職人が僕のアパートに起こしに来てくれたんです。おい、もう朝だぞ、今日仕事の日だろうって」

社員10人ほどのこの会社にまるで家族といるような居心地のよさを感じながら、卒業後すぐには就職せず、海外へのひとり旅を繰り返しては、日本に戻ってまた店でバイトをするという生活を3年くらい続ける。鈴木茂兵衛商店に正式に入社したのは、26歳のときだ。

p04

社長の無茶な指令が奏功
オリジナルの瓶型提灯誕生

 「就職するなら小規模なものづくりの会社ってずっと思っていたんですが、ふと、そういえば提灯にもいろいろと工夫できる可能性はあるんじゃないかと思うようになって」

由元さんは、伝統的な提灯づくりの一通りの制作工程から検品、営業などの業務までこなしながら、理系の素養を生かして使用素材のデータ化などを進め、新たな商品開発にも意欲を燃やすようになる。

「そのころ店に並べている商品は、盆提灯しかなかった。盆提灯は今でも会社の売上の柱ですけれど、冬にも盆提灯しか商品がないのはさすがにまずいんじゃないかと」

種類を増やすため、絵柄を工夫したりと試行錯誤する中で、由元さんは提灯の形自体を新たに設計して独自の商品をつくることを思いつく。それには、7代目社長の鈴木隆太郎さんの、とある〝無茶な指令〟も奏功した。

「大手飲料会社の販売促進用に、岐阜や八女の提灯製造業者と一緒に同じ提灯を大量につくるという仕事があったんです。形は普通の丸型ですが、共通の型をつくって使うことになった。そうしたら、うちの社長が〝うちの社員でCAD(コンピュータで設計や製図をするシステム)を使える者がいますので、型はうちでやりましょう〟と言ってしまった。実際は使えないのに、ですよ! 僕の実家が設計事務所だからできるはずという無茶苦茶な推測で。できませんとは言えない状況になって、その後、岐阜の業者の専務と電話でものすごい回数のやりとりをしながら、必死に学んでなんとか乗りきりました」

型は、提灯づくりの肝となるもの。提灯は、型を組み合わせて提灯の仕上がりの形をつくり、その上に骨(竹ひごやPET樹脂線)を等間隔に巻きつけ、糊を塗って和紙を貼り、乾いたら型を開口部からはずして、完成させる。最後にはずせるよう、型の一つひとつが必ず提灯の開口部の直径よりも短い幅になるよう設計しなければならないところも難しい。

CADを使って型を起こす知識と技術を得た由元さんは、以降より格段に自由な発想で提灯づくりに取り組むようになる。

p05

偕楽園の「夜・梅・祭」を彩った
初の「ミックシリーズ」

「すずも提灯」(鈴木茂兵衛商店の提灯の総称)の最初のオリジナル作品である「瓶型シリーズ」(意匠登録済み)は、こうして誕生した。一升瓶などをかたどった提灯で、大きいものは高さ160センチもあり、絵柄をインクジェットで鮮やかに描くことができて飲食店などの空間を印象的に演出する照明器具となる。

「なぜ瓶型になったかというと、うちの専務の思いつきで、社長と僕の好きな八海山(新潟の銘酒)がいいねって。そこは喧嘩せずにすぐに決まりました」

2012年の1月。水戸の偕楽園で毎年3月に一夜限定で行われる「夜・梅・祭(よるうめまつり)」で提灯を販売してほしいという依頼が鈴木社長に舞い込む。祭りの内容を詳しく聞くと、好文亭(偕楽園内に徳川斉昭公が建てた木造2層3階の建物)の中では格式ある茶会が催されるという。それこそ「すずも提灯」を生かすステージだと直感した鈴木社長は、販売を断り、代わりに茶会の灯りのプロデュースを申し出る。自ら要望したからには印象的な灯りの演出を実現しなければ、と考え、鈴木社長は、提灯のデザインを水戸出身のビジュアルアーティストのミック・イタヤ氏に依頼する。

グラフィックからファッション、音楽、プロダクトのデザインに至るまで多彩な分野で長年に渡り日本のデザイン界の第一線で活躍するミック・イタヤ氏は、じつは鈴木社長が幼稚園から高校時代を一緒に過ごした同級生。数年前に高校卒業以来の再会を果たしたばかりだった。依頼を受けたミック氏は、ほどなく20を超える数のデッサンを鈴木社長宛てに送り届ける。

「社長が慌てて〝これはたいへんだ、由元君なんとか実現しなさい〟と(笑)。そもそも『夜・梅・祭』用に提灯をつくることが決まったのが、開催日まで2か月もないタイミングで。急いでミックさんのデッサンの中から提灯にして面白そうなものを選び、あとはミックさんに相談もせずにこちらでどんどん進めてしまったんです」と、由元さんが振り返る。

ちょうど同じころ、瓶型提灯の制作時から由元さんが試していたLEDの基盤も最初の完成形に近づいていた。これは由元さんが電気ろうそくメーカーと共同開発していたもので、実際のろうそくの炎のゆらぎのアルゴリズムをサンプリングしてデータ化し、LEDで可能な限り再現するというものだ。

このできたてのLEDユニットを、由元さんは迷わず「夜・梅・祭」用の提灯に搭載した。

結果、モダンでユニークな形をした自立式提灯は、本物の炎と見まごうような柔らかなゆらぎをたたえ、夜の好文亭で開催されたお茶会を見事に趣深く彩った。デザインを担当したミック氏も好文亭を訪れ、自らが描いた平面のデザインから立体に立ち上がった提灯のでき栄えに目を細めていたという。「すずも提灯ミックシリーズ」誕生の瞬間だった。

p06

「デザインタイドトーキョー」や
スカイツリーでのイベントへ

その翌年。今度はミック氏から鈴木社長に連絡が入る。東京の代官山で開催する自らの個展を、ぜひ提灯をテーマに行いたいので、新たな提灯を制作してほしいという依頼だった。話を聞いた由元さんは、まず最初に、ミック作品の代名詞ともいえる向かい合う男女の横顔に取り組む。繊細な線で描かれた男女の横顔を、イメージを損なわずに複雑な凹凸のついた提灯として再現しなければならない。非常に難易度の高い作業だ。

「男女の微妙な差も一瞬で感じとれるように表現しなくてはいけなくて、非常に難しかったのですが、なんとかイメージ通りに仕上げることができて。この仕上がりを見て、ミックさんもいけると確信したみたいです」

「男爵頭像」「婦人頭像」と名づけられたこの作品をはじめとして、最終的に20以上の作品を個展用に制作。そのすべてに前述したゆらぎ機能つきLEDユニットを搭載した。加えて、形によっては、倒しても元に戻る「おきあがりこぼし機能」や、手を叩いたり提灯本体を軽く叩くとスイッチのオンオフができる「音感センサー」を搭載。軽量で電池内蔵のためどこへでも持ち運びができ(電源コードも使用可)、何よりすべての作品が、一瞬にしてたためて、一瞬で伸ばすことができる。

「そうです、すべてたためます。そこだけは社長の強いこだわりがあって。たいてい何も言わずに僕の自由にさせてくれるのですが、唯一、たためなければ提灯じゃないと。そこは僕がちょっと驚くほどゆずりませんでした。今でもそこは曲げないですね」

ミック氏の個展は会期を延長するほどの好評を博し、このことをきっかけに「すずも提灯ミックシリーズ」はデザイン界で注目を集めることになる。2010年には六本木の東京ミッドタウン・ホールで開催された「デザインタイドトーキョー」に出展(その後3年連続で出展)。2014年には、東京スカイツリータウンで開催された文芸提灯展2014「言ノ葉の灯」に参加。詩歌がひとつずつ書きこまれた226個の提灯が幻想的な空間を創り出し、訪れた人々を魅了した。

にわかに注目を集め始めた「ミックシリーズ」を由元さんがあらためて振り返る。

「当初はミックさんの個展用に制作したので、販売すると社長が決めたときは慌てました。商品としての耐久性や使い勝手を考えないといけなくて。それでも、なんとか商品化できて、今は全部で37種類を受注販売しています。実現したのは、本当にいろいろなことがタイミングよく重なったからだと思います。LEDの普及と社長がミックさんと再会したタイミングがぴったり合って。何よりそういうことをやらせてくれる社長のビジネスセンスと提灯へのこだわりがあったからこそなのでしょうね。今後は、もっと一般の方に暮らしのなかで使っていだだけるように広めていきたいです。若い方にも使ってもらえるように価格もなるべく抑える努力をしています」

「ミックシリーズ」は会社の内部にも変化をもたらしている。

「今年若い社員が2人増えたんですが、彼らは『ミックシリーズ』があったからこそ、この会社を選んでくれたんです。2人とも水戸を元気にしたいという気概を持って、積極的に提灯の魅力の発信に取り組んでくれる。そのきっかけに『ミックシリーズ』がなっているのはうれしいですね。なにより、彼らが宣伝してくれたら僕はつくることに没頭できる!」

これからも提灯を進化させながら、未来へつなげていこうとする意志がある。

「もちろんそうです。形だけでなく、新しい構造やほかにない発想をつねに取り入れていきたい。そうじゃないと自分が提灯業界にいる意味がないと思いますから」

150年の歴史を持つ水戸の老舗提灯店が21世紀に生みだした新しい提灯。ひとつずつ丁寧につくられて、今日も求める人の元へと送られていく。この先、持ち主の手によってどのくらいの〝たたんで伸ばして〟を繰り返すことだろうか。シュッと軽快な音を立てながら。

p08

(文…笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣)

目次へ戻る

cover02 p12

ベニコさんが
アルザスの風を連れてきた。

──フランスはアルザスで修業した菓子職人が、水戸を選んだ理由。

 

凛々しいという言葉が似合う人だ。よく通る声で語られるベニコさんの言葉は、いつでも迷いがなく、清々しい。メゾン・ベニコでお客さまを迎えるときも、修行したアルザスでの日々を回想するときも、仲間とつくり上げた「マルシェ・ド・ノエル」(クリスマス市)について語るときも。シンプルでごまかしがなく、信念に満ちている。彼女の焼くフランス菓子と同じように。

 フランボワーズレッドに彩られたテントとドアが目印の、10坪ほどの小さな小さなフランス菓子店「メゾン・ベニコ」は、水戸駅北口から延びる大通りを15分ほど歩き、京成百貨店のショーウインドウの手前を入ってすぐの、細い路地沿いにある。

オーナーパティシエールを務めるのは東京都出身のベニコさん。ベニコという名前は通称で、本名はアキコさんだ。けれど、水戸では誰もが彼女のことをベニコさんと呼ぶ。

「フランスのアルザス地方で修業をしていたとき、とくに2月につくるフランスの伝統菓子の〝ベニエ〟という揚げドーナツみたいなお菓子が大好きで。〝日本に戻ったらベニエの普及協会をつくるよ、ベニコって名前で!〟ってみんなに冗談で言ってたんですね。それをそのまま店の名前にしました。漢字の〝紅子〟にも置き換えられて、皆さんに覚えてもらいやすいし」

店のテーマカラーもベニコにちなんで赤にした。真っ赤だと和風になってしまうから、フランス人が好む少しピンクがかったフランボワーズレッドを選んで。

p13

大切な人のためのお菓子を
代わりにつくるという想い

メゾン・ベニコでは、定番の焼き菓子やクッキー、季節のコンフィチュールのほかに、日替わりでお菓子を焼くというスタイルを取る。季節ごとの旬の果物を生かした「今日のお菓子」数種類が、毎日店に並べられ、その名前が外の黒板に書かれる。が、馴染みのない名前も多いので、たいていのお客さまは「今日はどんなお菓子?」と店内で尋ね、説明を聞いて買っていく。ベニコさんが少し照れたような表情で説明してくれる。

「たぶんフランスでも東京でもこういう店はないと思いますよ。もちろん理想は、定番の焼き菓子があって、タルトやパイがあって、チョコレートも生菓子もあってという形。今は種類が限られているけれど、この先はもっとたくさんのお菓子が並ぶ店にしたいと思っています」

ベニコさんがつくるのは伝統的なフランス菓子。創作菓子には興味がない。フランス本国でも量産に向かないという理由で廃れていってしまっている魅力のある伝統菓子を、ずっとつくっていきたいと思っている。

「いちばんおいしいお菓子って、大切な人に食べてもらうためにつくるお菓子だと思うんですね。ただ、みんながつくれるわけじゃないから、代わりに私がつくるという気持ちでやっています。だからこそ、〝今日焼いたのはこのお菓子です〟というふうに提供したい」

大切な誰かのためのお菓子を代わりにつくるのだから、当然素材にはこだわる。価格もそれなりのものになる。メゾン・ベニコのお菓子は、水戸ではかなり高めの設定だ。

「そうですよね。でもせっかくつくるのだから、自分がおいしいと思う素材でつくりたい」

バターは輸送中に一度も冷凍されていない北海道産のもの、砂糖は種子島産のきび糖、コンフィチュールは農家から直接仕入れた果物を使ってつくる。

「フランス菓子ってすごくリッチなお菓子なので、お砂糖もバターもたくさん使うんです。とくにうちではバターをこれ以上入れると成形できない、限界ぎりぎりのところまで入れてつくります。1個召し上がっていただければ、たぶん満足して納得いただけるボリュームがあると思っています」

p14

「あなたの店ではたらくには、
どうすればいいですか?」

 ベニコさんのお菓子づくりのよりどころとなっているのが、2005年から1年間修行した、フランスはアルザス地方にある「メゾン・フェルベール」での体験だ。

「アルザス地方にあるニーデルモルシュヴィルという小さな村に、〝ジャムの妖精〟って呼ばれているクリスティーヌ・フェルベールがパティシエールを務めるお店があって、世界中から人々が買いにくるんです。大学の卒業旅行で行ったときにそこのコンフィチュールを食べたら本当においしくて、いつかはこの人の店ではたらいてみたいと思いました」

夢がかなうのは、それからしばらく経ってのこと。日本で修行を積んでいたベニコさんは、講習会のためにクリスティーヌが来日することを知り、参加して直接尋ねてみた。

「あなたの店ではたらきたいのですが、どうしたらいいですか?って。そうしたら、〝ワーキングホリデイのビザを取って来てくれたら大丈夫よ!〟って応えてくれました」

憧れのクリスティーヌの店ではたらくことになったベニコさん。

「クリスティーヌの店では朝5時半に起きて6時にお店に行っていたんですけど、毎朝起きるのが楽しみで。日本での修行はつらくて辞めようと思ったことも何度もあるのに、アルザスでは〝今日もまたクリスティーヌとはたらける!〟ってうれしくてたまらなかった」

とくに、豊富な果物を生かした菓子づくりがベニコさんの心に鮮烈な印象を残す。

「一度に400キロくらいの果物が届くんです。それを20人ほどのスタッフですべて手で作業しながら下準備していく。たくさんの種類の果物に触れることがすごく楽しかったし、アルザスではお祭りや行事ごとにつくるお菓子がたくさんあるんですね。そのすべてにキリスト教との根強い関係が息づいていて、宗教や伝統とお菓子が日常の中で密接に結びついていることが感慨深かった」

まるで「はちみつの中にどっぷりつかっているような」幸せな日々だったとベニコさんが振り返る。

1年後、日本に戻ったベニコさんは、六本木のミッドタウンにあるフランス料理店でシェフパティシエールに就くが、「自分の好きなお菓子をつくる自分の店」への想いは日に日に募っていった。

水戸でもらった丸ほしいも
あまりのおいしさにびっくり

 もともと友人が住んでいて、モダンアートが好きだったこともあり、水戸芸術館のある水戸には何度も来ていて馴染みがあった。

「あるとき水戸で知り合った方から、ほしいもをいただいたんです。丸干しの。それがもうほんとにおいしくて。こんなものがあるんだってびっくりしました。これならお菓子にドライフルーツみたいに使えるなって。そこで調べたら、茨城県は暖かい地方の果物の北限と寒い地方の果物の南限が重なっていて、すごくたくさんの種類の果物が採れるとわかったんです」

アルザスでクリスティーヌに教えてもらったお菓子をつくるには、木でちゃんと熟したものを収穫した、食べごろの新鮮な果物が必要だった。都内では調達が難しいが、たくさんの果物が採れる水戸でなら、農家に自分が直接取りに行って入手することが可能そうだ。ベニコさんは、水戸の空き店舗への新規出店者を募る事業を利用しながら、本格的に水戸への出店を考え始める。

「自分で店の条件を決めたんです。水戸芸術館の近くで、10坪の広さで、大通りではなく一本路地を入ったところ、それにぴったりのお店を探そうって決めてました。そしたら、ある日偶然にここを見つけて。あ、いいな、と思って不動産屋に連絡を取ったら、そのあと商店街の方や支援団体の方々がいろいろ協力してくださって。驚くほど短期間で店を開く準備を整えることができたんです」

店舗は居抜きで借りたが、フランスで意気投合したアーティストのベロが水戸に駆けつけ、茨城で採れる果物を壁中に軽やかに描いて〝ベニコ仕様〟にしてくれた。こうして2010年の12月、水戸芸術館から歩いて5分ほどの路地の一画に、ちょうど10坪の広さの「メゾン・ベニコ」がオープンした。

p18

日本に戻ったらいつかどこかで
実現したいと思っていた

 アルザスでベニコさんの心を魅了したものが、もうひとつある。アルザスのあちらこちらでクリスマスの時期に開かれる「マルシェ・ド・ノエル」(クリスマス市)。中心都市のストラスブールで開催されるものは、400年の歴史を持つフランスでもっとも有名なクリスマス市で、11月の終わりごろからクリスマスの装飾が施され、300以上の出店が出て、150万人もの観光客が訪れるという。

 「クリスマスのお菓子やホットワインや雑貨が売られていて、歩いているだけでも楽しかった。日本に戻ったら、いつかどこかでやりたいなと思ってました」

ある日、茨城県近代美術館の緑に囲まれたテラスを眺めていたベニコさんは、ふと「このロケーションなら」と思いつく。思い立ったが吉日。付き合いのあった同美術館の広報担当者に話を通して開催の許可を取りつけ、ご近所の「パンヤ・クルート」の橋本理恵さんとさっそく出店者探しに動きだす。

「理恵さんも楽しいことが好きで、この界隈が少しでもにぎわうことをしようと意気投合して、一緒に〝朝ごはんの会〟を始めたころだったんです」

食べるものに限らず、雑貨や花や家具などを、その人ならではの個性を大切にして誠実に扱うお店を選んで声をかけていく。

「私は東京から来て数年でしがらみとかいっさいなく、本当に自分がいいと思った人に声をかけることができたのがよかったですね」

出店を希望する店が集まり始めた9月のある日、最初の全体会議が開催されることに。

「ところが、集まったのは全部で5人だけだったんです。出店するって言ってくれた方はもっといたのでびっくりしました」 

鈴木茂美さん(セレクトショップ「ドレスバード」店主)、植田真理子さん(「オカエリ。喫茶室」店主)、高崎尚子さん(「アイシング・クッキー・レモン」店主)、そして前述の理恵さんとベニコさん。結局、この5人がそのまま実行委員会を組織し、11月の開催に向け奔走することになる。幸い5人それぞれに得意分野があり、それが「マルシェ」を実現に向けて強力に推し進める力となった。とはいえ、スポンサーなしのイベントだ。ディスプレイに使う木の枝の調達から加工、取りつけまで、すべてを自分たちの手でやらなければならない。気が遠くなるような労力がいる。

「でも、5人とも大変さは出さないようにしようと。夢の世界を演出するのだから。自分たちの限界を越えた、上の世界が見たい。みんなそこは共通しているんです」

こうして、ベニコさんの脳裏に焼きついたアルザスの「マルシェ・ド・ノエル」が、5人の共通の夢となり、水戸の「マルシェ・ド・ノエル」として実を結んだ。2012年の初回から若い女性を中心に話題を集め、2014年の3回目には、初回の3倍の1万2千人が水戸の粋なクリスマス市に心を躍らせた。出店する店の多くは、開催前1週間ほどは準備に明け暮れる。その手間をかけてでも出店したいと思わせる魅力と価値をこのイベントが備えたのは、5人が理想のイメージの実現のためにいっさいの妥協を許さず、膨大な時間と労力を惜しみなく注いだからにほかならない。

「マルシェ」の象徴ともいえる各テントの軒を飾った揃いの手づくりの装飾は、「マルシェ」が終わると、それぞれの出店者の店先を勲章のように誇らしげに彩る。

ベニコさんが水戸に連れてきたアルザスの風。1万人以上の人を集めるほどの大きな勢いを得た風が、再び水戸のあちらこちらの小さな路地に吹き込んで、水戸の日常がもっともっと楽しくなること、「マルシェ」を訪れた人たちがそれをきっかけに次は水戸の街歩きに繰り出してくれること──それがベニコさんのいちばんの願いだ。

p17

(文…笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣)

目次へ戻る

cover03 p19

書店が変われば、
街は変わる。

──若き書店社長が人懐っこい笑顔で挑む、本気の変革。

 

今年で第4回を迎えた「みとマラソン」のスタート地点で、ひと際目を引く揃いのスカイブルーのTシャツを着た一団。彼らは、ブックエースと川又書店のスタッフたち。「健康じゃないといい仕事はできない」と自らスタッフを牽引するのが、若き社長、奥野康作さんだ。京都府出身ながら水戸を「地元」と呼び、その発展を願いさまざまな改革を手がける奥野さんに話を聞いた。

p20

明治5年(1872年)創業という長い歴史を持つ川又書店と、1986年に1号店をオープンしたブックエース。水戸の地で創業し、地元に愛されてきた両書店を運営する株式会社ブックエースの社長として、水戸に新たな風を起こすべく奮闘しているのが奥野さんだ。もともとは『ツタヤ』で知られるカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社の社員として、フランチャイズ企業であるブックエースの経営指導に携わっていたが、2011年の震災後、ブックエースの中村社長(現会長)に請われて水戸へ赴き、取締役に就任した。

「ずっと自分の手で書店を運営したいと思っていたんです。ツタヤ時代から管轄の書店として長く携わってきただけに思い入れも強く、震災のダメージから立ち直るための力になりたいという思いもありました」
 2014年には念願の社長に就任した。

p21

書店とカフェが〝融合〟する
居心地のよい第3の場所づくり

「社長の仕事は、本当に面白い」と、天真爛漫な笑顔で語る奥野さん。
 「社長になってわかったことですが、社長の名刺を持っていると以前と比較にならないほど真剣に話を聞いてもらえます。やりたいことを実現できる範疇が広いし、すぐに実行に移せる。経営者として活躍している方々が生き生きしている理由は、仕事が楽しいからなんだなと実感しました」と目を輝かせる。

アイデアを素早く実行に移せるというこの社長ならではの特権も味方につけ、現在奥野さんは大きな改革に挑んでいる。

それは、茨城初となる「ブック&カフェ」のプロデュース。川又書店の水戸エクセル店をシアトル系の有名コーヒーショップとのタイアップで、これまでとはまったく違った書店として生まれ変わらせようとしている。ブック&カフェと聞くと、コーヒーショップが併設されている書店、というイメージを持つかもしれないが、奥野さんの構想はそのスケールにとどまらない。

「隣にカフェがあるということでなく、カフェと本を一体化させて、書店という空間に新たな価値を加え、また行きたい、この場所で過ごしたいと感じてもらえる新しくて魅力的な場所を水戸につくりたいんです。売り場に椅子があり、のんびり立ち読みというか座り読みできるスタイルはもはや当たり前の風景になりましたが、書店で本を読むという行為をもっと楽しく、もっと快適なものにする。それが、ブック&カフェなんです」と、新エクセル店へかける熱い想いを語る。

自宅と仕事場に次ぐ、第3の場所を指す〝サードプレイス〟という言葉があるが、これはその人のお気に入りの場所という意味。このサードプレイスとして上位に挙がるのが、カフェと公園、そして書店だという。上位の2つであるカフェと書店を、単に併設するだけでなく、〝融合〟させたブック&カフェをつくることで、新エクセル店を水戸の新たなサードプレイスへと進化させるのが狙いだ。

気の利いた内装と音楽、座り心地のよいソファー、淹れたてのコーヒーの香り、そしてまるでインテリアのように本や雑誌が並ぶ書架。たとえば代官山の蔦屋書店や、佐賀県の武雄市図書館のように、コーヒーを飲みながらのんびりと本を読み、何時間でも過ごせて、人々が自然と集うような居心地のよい空間を、水戸に。ブック&カフェを出店する意義を、奥野さんはこう語る。

「水戸の街をもっと元気に、笑顔を増やすにはどうすればいいか。書店ならではのアプローチで街づくりを考えて生まれたのが、このブック&カフェ構想です。魅力ある文化を育て、日々の生活を豊かにしてくれるお気に入りの書店が地元にある。水戸の皆さんに、その喜びと特別感を味わって欲しいですね」

この〝大改革〟の狙いを、リアル店舗が生き残るための一手でもあると語る奥野さん。背景には、ネットショップの台頭がある。

「目的の書籍がすぐに探せ、ワンクリックで購入できて自宅に届けてくれるネットショップは我々リアルな店舗にとって大きな脅威。では、本屋はもう必要ない時代になってしまうのか? 私はそうは思いません。来る価値のあるお店をつくれば、お客さまは書店に足を運んでくれる。その価値を創出する戦略のひとつが、ブック&カフェという業態なんです」

そう語りながら、2015年6月に新装オープン予定のエクセル店の完成イメージ図を広げて見せてくれる。

「我々が提供する本は、生鮮食品と違って品物によって質の違いもなく、価格も同じ。どこで買っても同じだからこそ、ネットショップではできない付加価値の提供が重要なんです」

ネットショップでは不可能な、生身の人と人のコミュニケーションに価値を持たせたいと語る。

「店舗で接客するスタッフに、本の案内人というコンシェルジュの役割を持たせ、ネットで検索するのとは違う生きた情報を提供できればさらに店舗の価値が高まりますよね。そのために、特定のジャンルに強く、お客さまに自分ならではのお勧めの本を紹介できるような人材の育成や採用を考えています。ほかにも、本を贈りものとして購入された方にはメッセージカードをプレゼントしたり、お客さまと直に接するからこそできる気づかいのサービスを充実させています」

ちなみに、このメッセージカードは水戸のアーティストにデザインを依頼して作成したもの。地元の作家によるオリジナルのカードを採用し、それを無料で提供するというアイデアにも、奥野さんのサービス精神と水戸への愛情が表れている。さらに、エクセル店ではロゴも一新し、ブックカバーや袋などのデザインも、より洗練されたイメージのものにするという。「持って歩きたい」「欲しい」と思わせるようなアイテムづくりも、奥野さんの考える付加価値のひとつなのだ。

p23

地域を盛り上げる志は同じ
地元J2クラブとのコラボも

ブックエースではこれまでも水戸のご当地デザインのブックカバーなどを制作してきたが、今年新たにJ2サッカークラブ、水戸ホーリーホックとのコラボレーションによるオリジナルブックカバーを企画した。3月から11月のシーズン中、選手たちの写真がデザインされたブックカバーが月替りで楽しめ、しかもメインサイド席の500円割引券つき。計9種のブックカバーを集めると、今期のホーム最終戦で開催される大抽選会に参加できるという仕掛けも用意されている。

スタッフに誘われて試合を観に行った際、ホーリーホックの沼田邦郎社長が自らスタジアムで声を張り上げて応援したりグッズを売ったりしている姿に感銘を受け、今回のコラボ応援企画を思いついたと語る奥野さん。

「水戸をホームタウンとするプロクラブがあるのは、市民にとって大きな誇り。地域を盛り上げるという同じ志を持つ者同士、手を取り合って活動したいと感じたんです。スポンサーであるだけでなく、私たちだからこそできるやりかたで応援していきます」

ブックエースと川又書店、市内10店舗のレジを通過する客数は月間およそ22万人。これだけ多くの人と接するスタッフを活用しない手はないと考え出されたアイデアが、ホーリーホックの試合当日にスタッフ全員がクラブのTシャツを着て店頭に立つというもの。

「スタッフがホーリーホックのTシャツを着ていれば、お客さまに『何でそれを着てるの?』と聞かれ『今日は試合なんですよ』とPRできる。地元クラブのがんばりを伝え、ブックカバーにつけた割引券がスタジアムへ観戦に行くきっかけになればうれしいですね」

サッカーと書店、異色の相乗効果で水戸を楽しく盛り上げるのがいちばんの狙いだ。

p24

夏休み「読書マラソン」企画で
地域の子どもに読書の楽しさを

 奥野さんの〝改革〟は、ブック&カフェやホーリーホックの応援企画にとどまらない。今年の夏には、小学生を対象に「読書マラソン」なる企画も計画している。その内容は、本を読んで200字の感想文を書き、ブックエースか川又書店の店頭に提出すると、専用のカードにスタンプがもらえ、3つ貯まれば100円の買い物券として使えるというもの。

「知識や教養を身につけるには、インターネットやテレビより、本を読むことがいちばんだと思うんです。子どものころの読書体験は、情操教育にとっても重要。感受性豊かな時期によい本と出会えば、自然と読書の好きな大人になります。教養の高い大人が増えれば、地域はもっと発展する。この読書マラソンに楽しんで参加してもらうことが、将来の水戸の発展につながればうれしいですね」

ちなみに、この企画は図書館や小学校にも参加を呼びかけ、地域全体のイベントとして定着させていくことを狙うという。地元をもっと元気に!を合言葉に、従来の書店の枠から飛び出した斬新なアイデアで改革を続ける奥野さん。次はどんな方法で水戸の街を盛り上げてくれるのか、笑顔で周囲を巻き込むその活躍から当分目が離せそうにない。

(文…伊藤梢 │ 写真…大谷健二/小泉慶嗣)

目次へ戻る

cover04 p25

五感で伝える水戸の楽しいこと。

──デザイン、クラフト、音楽、アート。水戸の魅力をマルチに情熱的に発信する。

 

常磐自動車道の水戸ICから市街地へと向かう国道50号沿いにある「K5 ART DESIGN OFFICE.」。1階のショップ「ミセルくらしPUNTO」には、たくさんのショップカードやイベントのフライヤーが並び、さながら小さな観光案内所のよう。デザイナーとして活躍する傍ら、イベントの企画運営なども手がける甲高美徳さんに、水戸ではたらく想いを聞いた。

 福島県出身の甲高さんが水戸へ来たのは、1993年、大学進学のため。

「いいな、と思ったのは、水戸は都会的でありながら下町の雰囲気が残っているところ。茨城大学に合格して、物件探しのために大学周辺を歩いたときから、保和苑あたりの街並みは印象的でした。あとはやっぱり水戸芸術館ですね。こんな施設が街なかにあるのは素敵ですよね」

その水戸芸術館と、やがて深く結びついた活動をしていくこととなる甲高さん。最初のきっかけは4年生のとき。学芸員課程の必修科目である博物館実習の現場に水戸芸術館を選んで学芸員室に出入りするようになり、「内側」から芸術館を見るにつれ、地域の人々との温度差を感じるようになったそう。

「現代美術って、とっつきにくいイメージが先行して、結果として芸術館が街の人から見たら敷居が高くなってしまっているんじゃないかと思ったんです。全国レベルで見ても素晴らしい企画展をしているのに、街の人がついてきていない。そのちぐはぐな関係をどうにか解消して、街と芸術館をつなぐことができないか、と考えたんです」

そうして生まれたのが、手づくりのフリーペーパー。大学卒業後、水戸市内の広告代理店に就職し、住宅情報誌などの媒体制作で培ったスキルを生かしたもので、芸術館の企画展やイベントを紹介するとともに、地元の作家のインタビュー記事や作品写真を掲載して月刊で発行した。このフリーペーパーづくりをきっかけに学生時代に行っていた活動も再開する。

「学生のころから、もっと気軽にアートを楽しもうよ!というスタンスで、K5 ART WORKSHOPという活動をしていたんです。K5とは、〝五感(5KAN)〟を逆さにした僕の造語です。河原でカレーをつくり、その間に石ころなどを拾って、それをインスタレーション(展示している空間を含めて作品とする芸術手法)したり、千円で旅をしてその思い出を作品として記録に残したり。いわゆる、絵画や彫刻だけがアートじゃないんだよ、ということを伝えたかったんですね。この活動によってフリーペーパーの制作や配布に協力してくれる仲間が徐々に増え、活動の幅も広がりました」
 仲間と展開したこの活動が、甲高さんにとって大きな糧となっていく。

p26

前衛的なアートに寛容な空気がある水戸

 「マスキング」という企画では、紙袋をかぶった参加者たちが突如南町のスクランブル交差点に出没するというゲリラ的な「作品」を制作。

「そういう〝変〟なことをしても、意外と周りの人は受け入れてくれるんです。道端に作品を勝手に展示していたら、近くのクリーニング店の主人に〝これあなたたちのしわざ?〟と聞かれ、怒られるかと思ったら、〝うちのシャッターに絵を描いて〟と言われたり。前衛的なアートに対しての寛容な空気がある。それは、芸術館という場があるからかもしれませんね。故郷の福島はすごく保守的なので、こうはいかないと思う。街を舞台にいろいろな企画が楽しめる。水戸に住み続けたいと思ったいちばんの理由はそこかもしれません」

独立してデザイン事務所を開業してからも、水戸の街を舞台にした甲高さんの活動は続く。市内のマップをベースにさまざまな角度から水戸の魅力を紹介するフリーペーパー「MapiNavi(マピナビ)」の発行や、Tシャツや手ぬぐいなどに参加者が自由なデザインを施して作品をつくる「水戸デザインフェス(MDF)」の開催、カフェやショップなど身近で気軽な空間でライブを開催して音楽を楽しむ「SOUNDPOST」など、さらに規模や幅を拡大していく。

丁寧に企画しなければ続ける意味がない

 中でも大きな取り組みとなったのが「あおぞらクラフトいち」だ。MDFから派生したクラフトとデザインの展示即売イベントで、 2010年以来、春と秋の年2回、水戸芸術館の広場で開催を続けている。

回数を重ねるにつれて認知度も高まり、客数も出店希望者も増え、〝水戸にクラフトのシーンをつくる〟という当初の目標はクリアできたと語る甲高さんだが、「内容の質が薄くならないよう、出店を審査制にして吟味する必要が出てきました」と、視線はすでに次の段階へ。

「乱発せずに、毎回丁寧に企画しなくては続ける意味がないんです。いろいろな企画を手がけていますが、根底にあるテーマはすべて、自分がみんなに伝えたいと感じる魅力あるモノを、水戸という場所でいかにして発信するかということです」

今や、甲高さんにとって〝地元〟となった水戸の地。2008年には同じく水戸市内で活動するクリエイターらを募り、「MeToo推進室」を立ち上げた。活動のテーマは、街とアートをつなぐ橋渡し役となること。水戸芸術館主催の「カフェ・イン・水戸2008」を同館と協働で企画運営したのを皮切りに、都市公園における対話型宿泊イベントや「いばらきアートプロジェクト円卓会議2014」の開催など、市街地を舞台にさまざまなアートプロジェクトを仕掛けてきた。また2012年には、自身の事務所の1階に、クラフトやアート作品の展示販売や企画展、ワークショップなどを行うスペース「ミセルくらしPUNTO」をオープン。つねに課題意識を持つことが、さまざまな企画の立案や新たな発信の場の創出につながり、活動のモチベーションになっているのだそう。

「もっともっと多くの人や場所を巻き込んで複合的に街を盛りあげたいですね」と語る甲高さん。「自分の暮らす街を、もっと楽しくする」。これこそが、水戸における彼の仕事であり、ライフワークなのだ。

p27

(文…伊藤梢 │ 写真…大谷健二、小泉慶嗣)

目次へ戻る

cover05 p28

世界でひとつだけのウエディングづくり。

──新郎新婦の想いに寄り添い、理想の実現に向け笑顔で奔走する。

 

水戸を拠点とするウエディングプロデュース会社を経営する山本恵さん。専属の式場を持たず、自由な発想で企画するユニークな結婚式を次々と実現させている。結婚するふたりの目線に立ち、想いを探り、引き出し、形にする。その卓越したプロデュース力が、いま全国から注目を集めている。

 ウエディングプロデュース会社「ピーハピィ・エンタープライズ」の社長であり、ウエディングプロデュースショップ「エクラ」を営む山本恵さん。彼女がプロデュースする結婚式は、会場やロケーション、式のスタイルなど、これまでの常識を覆すようなプランが多い。

映画「桜田門外ノ変」のロケセットを利用したウエディングをはじめ、水戸市の千波湖のほとりにある「好文カフェ」の屋上や桜川市の「真壁のひなまつり」開催中の街なか、大子町の袋田の滝、鹿嶋市の茨城県立カシマサッカースタジアム、バラが咲く一般のお宅の庭など、思いがけない場所が山本さんが手がける結婚式の舞台になる。奇をてらっているわけではもちろんなく、どの結婚式にも山本さんのウエディングプランナーとしての流儀が貫かれている。

それは、結婚するふたりの心に徹底して寄り添う、ということ。

「私自身が積極的な提案者になるのではなく、ふたりのイメージを引き出して形にする、ファシリテーターのような役割を意識することをつねに心がけています。そのために、『結婚式をなぜするのか』というところをふたりで徹底的に考えていただきます。ふたりがどうしたいのかがはっきりすれば、途中迷ったり悩んだりしても、そこに立ち戻ることができるから」

自分の意見を提案するのではなく、結婚するふたりが本当に求めていることを時間をかけて丁寧に引き出し、サポートするためにベストを尽くす。コミュニケーション不足による失敗などを経験した山本さんが、手探りで進みながら導き出したスタイルだ。

p31

木造校舎が舞台の「おひさま結婚式」

その山本さんのスタイルのひとつの完成形ともいえるのが、茨城県の大子町を舞台にして2013年に行われたウエディング。
 きっかけは、農業専門学校で知り合い結婚を決めたふたりからの1通のメールだった。

「これから夫婦として農業を営み生活していく大子町で、自分たちらしい結婚式を挙げたい。ぜひ山本さんの力を貸していただけませんか」
 水戸から北西に車で1時間半ほどのところにある、袋田の滝で知られる山間の町、大子。ふたりが挙式会場として希望したのは、もう20年以上も結婚式を受けつけていないという神社、そして、披露宴会場の候補は、廃校となった木造校舎だった。

大子町は木造校舎の保存でも知られ、大切に二次利用されている校舎がたくさんある。ふたりが選んだ校舎も、テレビの連続ドラマのロケに使われたこともある趣のある建物だった。

「この町で生きていく」というふたりの強い意志を感じ取った山本さんは、彼らの望みを叶えるため、ベストを尽くそうと意欲を燃やす。ふたりの式を「おひさま結婚式」と名づけ、神社や木造校舎への交渉に始まり、挙式進行や会場の飾りつけ、衣装、招待状、座席表まですべて手づくりで用意。披露宴では、ふたりの農園で採れた野菜を料理に使うのはもちろんのこと、テーブルの飾りつけとしても用い、さらにウエディングケーキもふたりのつくったカラフルな野菜のシューを積み上げて制作。彼ららしさあふれる、じつに心温まるウエディングとなった。

後日、新郎新婦からこんな便りが届く。

「式の後、町の人から〝あそこで結婚式を挙げたんだってね〟と声をかけられるようになり、結婚式をきっかけに地元の人たちと触れ合えるようになりました。山本さんと出会えて本当によかった」

p30

300件を超す中から見事グランプリに輝く

 2014年、ブライダル業界を代表するプランニングコンテスト「Good Wedding Award 2014」(リクルートブライダル総研主催)に、山本さんはこの「おひさま結婚式」でエントリーした。

「このコンテストに応募しようと思ったのは、純粋に〝いい結婚式〟とは何かを審査し、その本質で評価されるフェアなコンテストだと思ったからです。この土俵であれば、決まった会場を持たないフリーランスの私も、大手ウエディング企業やホテルと並び立って審査を受けることができると思ったのです。それに、私の仕事をこれまで支えてくれたスタッフへの感謝の気持ちもありました。今まで行ってきたことの価値を形にできたら、さらに進んでいくための励みになると思いました」

全国から313件のエントリーがある中、山本さんの「おひさま結婚式」は予選を通過し、最終審査に進む8作品に残る。フリーランスとして残ったのは山本さんのみだ。

東京都お台場のホテルで行われた最終審査会では、スライドや動画を交えながら10分間のプレゼンテーションを行い、結果「おひさま結婚式」は、審査員だけでなく、会場の観覧者からの投票でもトップの票数を得て、見事グランプリに輝いた。当日会場には〝主役〟のふたりも駆けつけ、山本さんのスタッフらとともに受賞を喜び、涙した。

自らを「地域活性化ウエディングプランナー」と称する山本さん。じつは「農林水産省6次産業化プランナー」としても力を尽くす。

「一見ウエディングとは関わりがないように見えるかもしれませんが、行政や地元企業、自治体と積極的に連携を取り、つながりを広げていくことは、ウエディングの新たな取り組みにも発展します」

茨城で結婚して茨城に暮らす人を増やし、地域をもっと元気にすることが目標だ。

つい最近、店舗兼事務所の「エクラ」を移転させた。写真撮影や簡単なパーティーの場としても提供できるよう、らせん階段付きの広々とした物件を思いきって借りた。道路に面した側にはテラスもあり、初夏には「おひさま結婚式」のふたりが自分たちの野菜を運んで「マルシェ」を開催してくれることになっている。

「エクラ」とは仏語で「キラキラ輝く」の意。ふたりだけの、世界にひとつだけのきらめきづくりを、山本さんは続けていく。

(文…海藤和恵、笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣)

目次へ戻る

p32

水戸の和菓子店の仕事と道具

──人々の日常とともにある職人の心と技

 

 水戸藩第9代藩主の徳川斉昭公は、料理や菓子にも造詣が深く、自らデザインした菓子の図案を『大和菓子 景山百種菓子』にまとめ、京都の菓子職人に注文を出していたと伝わる。このような歴史を反映してか水戸には和菓子店が多い。ここでは、創業150余年の木村屋本店の「道具」を通じて水戸の菓子職人の志を探ると同時に、最新の「梅のお菓子」を集めて現在の水戸の和菓子事情をお伝えする。

口に入れれば、華やかな甘みがぱっと広がる

 水戸に数多くある和菓子店の中でも、歴史の古さで一、二を争う存在が木村屋本店だ。創業は万延元年(1860年)。150余年、6代に渡って季節を告げる和菓子をつくり続け、水戸の人々の喜びや悲しみの気持ちとともにあり続けてきた。

平成の今も店先に並ぶのは、昔ながらの端正な姿をした和菓子だ。派手な装いはないが、細やかな気づかいが施された上質な菓子の数々。

ひとつ口に入れれば、華やかな甘みがぱっと広がり、思わず笑みがこぼれる。きちんと甘いのに後味がすっきりとしているのは長年変わらないこの店の和菓子の特徴だ。

だからこそ、幼い子どもからお年寄りまでだれにでも愛される。心の伝わる遣いものとして、木村屋本店の和菓子が水戸の人々に愛され続ける所以である。

長年使い続けるアルミの鍋で仕込む、「水戸の梅」の紫蘇の葉

 水戸の銘菓「水戸の梅」は、蜜漬けした赤紫蘇の葉で餡入りの求肥を包んだ和菓子。水戸菓子工業協同組合が商標登録しており、同組合に加盟する店舗だけが商標の使用を許されている。現在販売するのは4店舗。そのうち、木村屋本店だけは小豆のこし餡を使用している(ほかは白餡)。

口の中でほどけるような滑らかな食感の紫蘇の葉は、長年使い続けるアルミ製の鍋で仕込まれる。塩漬けされた紫蘇の葉の束を、葉が崩れないよう、始めは薄めの砂糖蜜から少しずつ味を濃くしていき、1日一度の引き上げと火入れを繰り返して漬け込んでいく。6日後、しっかり味のしみ込んだ紫蘇の葉から一枚一枚筋を取り除き、こし餡の入った求肥を葉が破れないよう慎重に巻き、最後に砂糖をふりかければ、木村屋本店の「水戸の梅」のできあがり。

p34

和紙に柿渋を塗った「渋紙」は、羊羹や煉り切りの模様づけに

 現在はあまり使われなくなったが、かつては羊羹などの流し菓子や煉り切りの表面に絵柄を付けるのに使われていたのが「渋紙」。柿渋を塗って強度を上げた和紙から絵柄を切り取った、いわば型紙のようなもの。専門業者から買ったものもあれば、渋紙に自らの手で気に入ったデザインを施したものもあるという。いずれも何十年にも渡って丁寧に使用してきたものだ。

羊羹に絵柄を施す場合は、まず羊羹づくり専用の鉄板の上に渋紙を置き、色の着いた羊羹を刷り込む(薄く流す)。その後渋紙をはがし、べつの色の羊羹を流し込んでひっくり返せば、一番上に渋紙の型どおりのデザインが現れる。かつては、三ツ盛や五ツ盛と呼ばれた結婚式の引き出物用の盛り菓子などによく使われたという。

p35

真っ赤に熱して饅頭に干支を刻む、鋳物の焼き印

 毎年、年の始まりとともに木村屋本店の店先に並ぶのが、干支の焼き印が押された饅頭だ。定番商品の「織部」にその年の干支の文字を刻んでつくるため、鉄製の焼き印は、すべて織部に合うサイズで揃う。

ガスの炎で真っ赤になるまで熱せられた焼き印が、饅頭の表面に迷いなく下ろされ、次の一瞬で引きあげられる。焼き印の温度が高すぎても低すぎても、押しつける時間が長すぎても短すぎても、饅頭に美しい文字は現れない。「よい一年になるように」とのつくり手の想いを乗せ、ジュッと規則正しい音と煙を上げて、新しい年の訪れが饅頭の白い肌に刻まれる。

p36

物や方法は変わるもの。精神や気づかいを受け継ぐのが伝統

 現在、木村屋本店の仕事を取りまわしているのは、専務で6代目の木村智彦さん(38歳)だ。社長で5代目の恒雄さん(68歳)のバックアップを受けながら、堂々と150年の歴史を引き受けている。

「続けていく秘訣は何かとよく聞かれますが、それは、配合や方法ではなく、〝気づかい〟だと代々伝わっています。それと、こだわらないこと。こだわりは執着。定着、膠着することは怖い。先入観を持つなと父には言われます」(6代目智彦さん)

「〝伝統とは破壊と創造である〟という言葉がありますが、まさにそうだと思います。気持ち、精神を受け継ぐのが伝統。物や方法は時代によって変わっていく。私が父から言われたのは、伝承というのはすごく小さなことであると。大きいことなら誰でも気づく。小さいからみんな気がつかない。それに気づくことが秘伝とかコツということ」(5代目恒雄さん)

「人においしいと言ってもらえるものをつくる職業というのは、なかなかよいものだと思う」と語る智彦さん。かつて両親に連れられ店に来ていた子どもが、やがて大人になり、今度は自分の子どもを連れて来てくれる。長く食べ続けてくれた常連の方が、亡くなる前に「木村屋本店の菓子が食べたい」という言葉を残したという話も伝わる。

たくさんの家族の、さまざまな場面に寄り添い続ける木村屋本店の菓子。これからも現代ときちんと呼吸を合わせながら、菓子に込められる〝気づかい〟は不変のまま続く。

p37

(文…笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣)

目次へ戻る

梅の香味がうれしい水戸の菓子

梅の名所である水戸市では、観賞用の梅の木だけでなく、食用の梅の木の栽培にも力を入れる取り組みを平成24年から行っています。梅の育成期間を短縮する技術を開発して生産農家を増やす一方、平成27年には、収穫した梅からつくった梅ペーストを素材に市内の菓子店8社が開発した新作菓子を、「全国梅酒まつり in水戸」で一斉に販売する試みを行いました。その新商品を中心に梅にまつわる水戸の銘菓をご紹介します。

w01

雪の偕楽園に咲く紅梅2輪
「好文亭」は梅餡の中に酸味の効いた梅ジャムが入る。「梅一途」は梅餡を柔らかい羽二重餅で包んだ優しい味わい。どちらも雪の中でけなげに咲く梅の花をイメージ。

 

w02

そっくり&本物!2種の梅干し
水戸梅小町」は梅干しそっくりの形状が愛らしい。中は風味豊かな梅餡。「梅干し大福」は名前の通り白餡の中に本物の梅干し入り。クセになる味で人気の商品。

 

w03

梅酒とも相性のよいラスク
「「水戸ラスク」は、表面に塗られた梅ペーストが効くサクサク食感のラスク。「みともち」は、梅ペーストの酸味とこし餡の甘さが絶妙の大福。

 

w04

春色に染まるわらび餅
梅酒を練り込んだわらび餅。別添の梅ペーストを使った薄緑色のソースをかければ、梅の風味が爽やかに口の中に広がる。ピンクと薄緑の色合いも美しい。

 

w05

看板の特大どら焼を梅味で
看板商品のジャンボどら焼の梅版が登場。水戸で採れた生みたて卵を使い焼き上げた生地に、さっぱり仕上げた梅餡を「遠慮なくみっちり」詰めた自信作。

 

w06

水戸文化への想いを込めて
文明開化の象徴のカステラで、水戸の歴史と伝統を表現。カステラには赤紫蘇で風味を付け、中は白餡に梅ペーストとミルク餡を配合してマイルドな味わいに。

 

w07

梅香るフランス菓子
和菓子と洋菓子双方を扱う店ならではの品。梅ペーストをふんだんに使った香り高い梅餡を、チーズを練り込んだ濃厚な風味とサクサク食感のガレットでサンド。

 

w08

ほんのり紫蘇の葉の風味
きざみ紫蘇入りのこし餡を求肥で包み、紫蘇風味のもち米の粉をまぶしたオリジナル商品。クセを抑えた優しい味わいが特徴。

 

w09

梅の花をかたどった最中2種
端正な梅の形が印象的な二種類のつぶし餡最中。こだわりの餡は、北海道の大納言と白手亡豆を丹波の寒天と最高級の砂糖で練り上げたもの。

 

w10

梅色艶やかに透き通る
艶やかで美しい色合いが目も楽しませてくれる羊羹。口に入れれば、上品な甘みに加えてほのかな梅の香がふわっと漂う。薄紅色の包装紙もシンプルで品がある。

 

w11

茨城産米でつくった梅型煎餅
茨城産米を使用してつくった昔ながらの素朴な味わいの煎餅に、醤油を薄く付け、「白梅」は白砂糖で、「想いのまま」はほんのり梅風味に薄化粧。どちらも甘辛味。

 

w12

チーズと梅の幸せな競演
ALL JAPANナチュラルチーズコンテストで優秀賞に輝くフロマージュ・フレ(フレッシュチーズ)を使ったレアチーズタルト。梅ジャムで爽やかに。

 

w13

辛党むけの梅菓子
創業80年の豆菓子専門店がつくる梅干しを模した豆菓子。色も形もまさに「水戸小梅」そのもの。落花生にサクッとした薄衣をかけ、梅風味の薄塩で仕上げてある。

 

目次へ戻る

水戸ではたらく5人が勧める
水戸のいいお店

──由元さん、ベニコさん、奥野さん、甲高さん、山本さんが勧める店

illust

今号の特集に登場いただいた5人の皆さんに水戸でお勧めの飲食店を教えてもらいました。ときには得意先をもてなしたり、ときには仕事の疲れを癒したり──上質な素材を使った料理と居心地のよい空間がさまざまな場面で役に立つ、そんな魅力あふれる10軒をご紹介。

map02

 

shop01

由元さんお勧め
天婦羅 瀧口

外はサクッと、中はフワッとの職人技
素材のうま味をストレートに伝える天ぷらが味わえる専門店。築地から仕入れるアナゴ、キス、メゴチ、エビなど江戸前の魚と旬の野菜が中心。油は綿実油を主に、ごま油を混ぜる。熟練技で中身は柔らかく、周りはサクッと香ばしく仕上げている。お勧めは、「おまかせ天婦羅」(4550円)、「天婦羅定食」(昼1300円)など。カウンター12席、小上がり3テーブル。

 

shop02

由元さんお勧め
手打そば にのまえ

南米料理とそばの幸福な出会い
「理想的な畑でとれた最高においしいそばだけを使う」と店主。手刈り、天日干しの常陸秋そばは、素材本来の味や香りが生きている。醤油の香りを抑えたつゆでいただく「すけもり」(900円)、湯葉をたっぷりのせた「汲み上げ湯葉そば」(数限定1300円)は、この店ならではのメニュー。アルゼンチンやブラジルで生活した経験を生かし、そばで締める南米料理のコースを予約で提供。

 

shop03

ベニコさんお勧め
Gigino [ジーノ]

イタリアワインの個性引き出す本格料理
“イタリアワインと料理”がコンセプト。イタリアワインは100種類以上。各地の個性豊かなワインと、ワインに寄り添う本格料理を堪能できる。1月~初夏まで味わえる「ホワイトアスパラガスのゴルゴンゾーラオーブン焼き」(1080円)は、お勧めの一品。グラスワイン(600円~)は常時10種類ほどを用意。暗めの照明とシックなインテリアで、心地よい空間を演出。全25席。

 

shop04

ベニコさんお勧め
Le poelon [ル・ポワロン]

丁寧に仕込まれた仏郷土料理をコースで
気鋭の若手シェフによるフランスの郷土料理とワインが気軽に楽しめる。スペシャリテは、仕込みから仕上げまで3日間かける牛ホホ肉のビール煮込み「カルボナード」、「鴨のフォアグラのテリーヌ」。お客さまの要望に応え、季節のこだわりの食材を使った料理も提供。仏産中心のワインはソムリエがセレクトする。料理とのマリアージュを堪能したい。コース主体。夜はアラカルトも。

 

shop05

奥野さんお勧め
オー・ボン・ヴィヴェール

30年愛され続ける水戸のフレンチの草分け
オーナーシェフは、東京丸の内ホテルをはじめとする有名店で経験を積み、1986年独立開業。水戸のフレンチの草分け的存在として多くのファンを持つ。旬の野菜、新鮮な魚介、産地を指定して仕入れる肉を使ったコース料理は、季節感を重視。県産の食材を積極的に取り入れ、有機野菜のランチとディナーを提供。隣に「STEAK HOUSE彩」も開く。

 

shop06

奥野さんお勧め
CAFÉ & GRILL COLK[コルク]

開放感あふれる店内で味わう最上の肉料理
特製石窯でじっくり焼き上げるステーキとローストビーフを堪能できる。牛肉は、常陸牛、桜美味牛を使用。肉のうま味を最大限に引き出す調理法を追求し、特注で製作した石窯を備える。食材は、地場野菜や有機野菜など茨城県産のものを積極的に取り入れる。“森の中の別荘”をイメージした建物は、開放的ながら、心地よい親密性も感じさせ、上質な非日常感を味わえる。全88席。

 

shop07

甲高さんお勧め
café 清ら

古き家具や器、美しい庭の静寂に心をほど
JR赤塚駅近くでありながら静寂感に包まれる一軒家のカフェ。玄関で靴を脱いで廊下を進むと、畳の座敷と板の間のテーブル席。窓越しに見える美しい庭が心を和ませてくれる。古い器や作家ものの陶器に盛られた料理やスイーツは、手づくりの優しい味。お勧めは「清ら和風ランチ」(1080円)。プラス300円で酵素玄米ご飯を味わえる。天草からつくる寒天甘味も人気。

 

shop08

甲高さんお勧め
むぎとろ 古民家すず

モダンに改装された古民家で県産自然薯を
築70年の古民家をリノベーション。古木、アイアン、古い家具が自然に溶け込んでいて、ゆったりと過ごせる空間づくりが印象的。看板料理は、麦ご飯にとろろをたっぷりかけた“麦とろご飯”。笠間の契約農家から仕入れる自然薯を丁寧に手ですりおろしたとろろは、粘りとコクが格別だ。お勧めは、旬の食材を盛り込んだ「麦とろ水戸膳」(昼1944円)。

 

shop09

山本さんお勧め
加護や フォレスト

地元の“旬”を和の創作料理で味わう
“旬を食べる”がテーマ。地産地消にこだわり、地場産野菜、新鮮な魚介、県産ブランド肉など厳選素材を使用。素材の持ち味を生かし、自在にアレンジした和をベースにした創作料理は、目にも華やかで女性に人気。お勧めは、ランチ「風」(1620円)、ディナー「ざいふう」(3780円)など。木の温もり漂う店内は、カウンター、掘りごたつ、テーブル、個室を備える。

 

shop10

山本さんお勧め
L’ami du Acucinne
[ラミ・デュ・アクシーヌ]

ヨーロッパの雰囲気の中で上質のくつろぎを
雑貨店や花屋が並ぶ「メイプルファーム」内にあるレストラン。ヨーロッパの街並みをイメージした空間で、地元の野菜をふんだんに盛り込んだカジュアルなフレンチを楽しめる。昼はセットメニュー(900円~)で、手づくり米粉パンはお替り自由。夜は単品とコース(要予約)を提供。テラス席はペット同伴可で、愛犬と楽しめるイベント「Dog Day」を毎月開催。レストランウエディングも対応。

 

shisetsu01

周辺のお勧め観光スポット!
弘道館

徳川斉昭公が創立した日本最大の藩校
水戸藩第9代藩主の徳川斉昭公が天保12年(1841年)に創立した旧水戸藩の藩校。藩校としての規模は日本最大級。学問と武芸の両方を重視し、多彩な科目が教えられていた。幾度の戦火を免れた正門、正庁及び至善堂は、国の重要文化財に指定されている。東日本大震災で甚大な被害を受けたが、丁寧な復旧作業が行われ、2014年から美しい姿で全面公開されている。

 

shisetsu02

周辺のお勧め観光スポット!
茨城県近代美術館

水と緑に囲まれた環境でゆったり美術鑑賞を
水と緑あふれる千波湖のほとりに建つ美術館。ベニコさんのインタビューに登場する水戸の「マルシェ・ド・ノエル」の舞台にもなっている。1988年の開館以来、茨城ゆかりの作家、横山大観・小川芋銭・中村彝をはじめ、日本および西洋の近代美術を中心にさまざまな作品を紹介。老若男女が楽しめるよう工夫を凝らした企画展にも定評がある。

(文…海藤和恵 │ 写真…大谷健二)

目次へ戻る

p44

水戸市関連サイト・SNS

もっともっと水戸のことを知りたくなったら、こちらへどうぞ。
さまざまなかたちで水戸の魅力を日々発信しています!

 

水戸の魅力を伝える
新Webサイト「水戸の人々」

ちょっと寄り道したくなる、そして水戸の街をもっと楽しめる、
そんなWebサイト「水戸の人々」がオープンしました。
Webサイト「みとの人々」

p45

水戸の街を案内するスマホアプリ
「水戸のこと」も配信開始!

水戸の街のガイド役・スマートフォンアプリ「水戸のこと」も、
2015年3月末からAppStore、Google playで無料配信中。
こちらもぜひご利用ください。

 

目次へ戻る

編集後記

第3号の特集に登場いただいたのは、水戸に移り住み、水戸の誇りとも言える伝統、文化、自然に、新たな風を吹き込み、街を輝かせている人たち。アイデアをひねり、手足を動かしはたらくご本人が、魅力を発し輝いていました。その姿が、私には「はたらくって楽しい」と、ビタミン剤のような効果をもたらしてくれたのです。みなさんに水戸って面白そう、行ってみたいと思っていただければ幸いです。「ミトノート」が、そんなビタミン剤の役を担ってくれることを願って。

 

ミトノート 第3号
発行日
平成27年3月
発行者
水戸市 みとの魅力発信課
編集・デザイン
有限会社平井情報デザイン室

目次へ戻る